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R.U.K.A.R.I.R.I | The first witch
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2014.04.30
 最初の魔法使いは一体誰――?


「……」
 ――雨が降っていた。
 それも凄まじいもので、土砂降りというのがたぶんこれは該当するのだろう。目を凝らし、視野を広げようとしても一寸先は闇、もとい雨の水滴しか見えてこない。まるで雨がこの世の全てを真っ白に包み込んで、私ただ一人を置き去りにしてしまったみたいだった。
 そんな中で、
「……」
 私は同じ姿勢で見えない脅威に意識を集中させていた。右手に握りしめた刀をいつでも振れるように腰のあたりで地面と水平になるように構え、左足を前に右足を後ろに置いて重心を保ちながら、ただひたすらにその影が現れるのをただ待ち続けていた。
「ふぅ――」
 一呼吸入れて、耳を済ましてみれば、激しい雨音が当然のように聞こえてくる。それ以外の音は、特に何も聞こえてこない。
「……」
 雨音が壮大し過ぎるせいか、人間の気配も動物の気配すら感じなくなりつつあった。それは集中力以前の問題として、聴力がおかしくなりつつあるからかもしれない。まぁ、そもそもそんな生物の気配なんて元々なかったけれど……それに彼はこれだけの水量を操る魔法――。
「……?」
 彼の記憶が一瞬頭を過ぎった時、匂いもないことに気がついた。いや……ジメジメした湿気の匂いぐらいはある……のか? 聴覚だけでなく、嗅覚させ麻痺させる大型魔法なんて、彼がまだ人間だった頃はできなかったのに、目の前にあるこの魔法は一体なんだというのだろうか。いや、『アレ』になった時点でもう既に彼は彼じゃなくて、アレになっているから、使えるようになったのだろう。目の前にあるのは現実で、彼が人間であったのはただの過去。
「……」
 この世界は一体何を人間に望んでいるの?
 ましてや『あの人』は私たちに何を一体望んでいるんだろう?
「……はぁ」
 わからないことだらけだった。
 そんな世界でもただ一つわかるのは『この魔法をどうやって破るか』かな。こうやって横着を続けても何も状況は変わらない。変えるためには行動あるのみだ――横着してただ雨に打たれていたわけじゃない。頭のなかにはこの魔法を突破する方法がいくつか浮かびつつある。
 一つ無理やり私の魔法を使って、この大型魔法そのものを消し去るか、そしてもう一つ相手を誘い出して本体を殺す。魔法そのものに対処するか、彼そのものを排除するかどちらかの候補しかないのは……あの人の影響かもしれない。仮にあの人の影響だとしても、選ぶのは私だ。それなら、
「……」
 私は隙を自ら作る方を選ぼうと考えた。
 そこから見える未来は、『一気に私が喰い殺される』か、『木っ端微塵に私の肉体が切り裂かれてしまう』かのイメージ映像だった。ひどいイメージが他にもいくつか思い浮かんだけど……それはあくまで隙を狙われ、確実に私がやられる場合の時だけ。
 隙を作るのはあくまでも作る彼に抵抗するためで、私が殺されるためじゃない。
「……」
 彼を、アレを殺す――たったそれだけのことなのに、どうしてこんな状況になっているんだろう……私の甘さ、弱さが私を迷わせたのかな。彼との猛攻の末に到達できた間合いからやっとのことで一太刀をうちこんで、止めの二太刀をする前に生じた一瞬の躊躇いのうちに、こんな状況になってしまった。
「……」
 一撃目は……少なくとも当てたんだ。でも、二撃目はアレを水飛沫として吹き飛ばすとこの辺り一面を覆う雨……水の魔法に世界が包まれた。
「……」
 あれからもうかなりの時間が経った。
 ……彼はひょっとするともうここにはいないかもしれない――これは単なる足止めの大型魔法。もしそうなら、効果抜群で私は何分こうして集中させられているのか、わからない。
「はぁ……」
 こんな風に考えてしまうのが……そもそも弱さなのかもしれない。そうでなければ――、
「……」
 私はこんな魔法の発動なんてさせなかった――彼への攻撃を躊躇しなかった。
 私は……喰い殺されるなんて嫌だ。私は確かめないといけないことがまだあるんだ。あの人に聞かなきゃいけないことがあるんだ……ここで立ち止まるなんてできない!
「……っ!」
 刀を握る右手に力を込めた。瞬時に身体が紫の光に包まれていくのが見なくても、わかった。
 私の魔法が発動しても、雨景色は依然として存在し続けている。当然だった。私はそんな魔法なんて使っていない。
「……」
 私が使った魔法は、光を纏わせ雨をレインコートのようにはじき返すもの――違うか。透過させる魔法。
「……」
 その証拠のように、雨はもう私には届いていない。雨は私を貫通して、地面へとそのまま落ちている。
『閃光』の魔法の前にはこんな魔法通用しない。
 準備はこれで……整った。
 後は相手の出方次第だけれど、躊躇はもうしない。私の目標はあくまでもあの人で、彼を殺すか、殺さないかじゃない。
 もし彼が人間であっても殺すしかあの人に届かないというなら、私はそれを選ばなきゃいけない。
 そう昔に……決めていたはず……なんだ。
「……」
 下唇を噛んで、意識を集中し直した。
 相手が来るなら、後ろか、前か。それとも横か……?
 条件はこれで全く同じはずだ。奇襲をかけてこなかった彼が悪い。勝機はもう訪れない。有利さはもうどこにもない。彼には私がどこにいるのか掴めないはずだ。それに例えこの魔法があろうとなかろうと、ここは見えても何もない場所。かつての首都圏らしいが、今は瓦礫すら存在しないただの砂地。少なくとも、私と彼が戦う前はそうだった。
 隠れる場所なんてどこにもない。加えるなら今あるのはただ一つ……この鬱陶しい雨だけ――だから向こうも同じ。私と彼が二人でぽつんとチェス盤の上に置かれているだけ。
「っ――」
 右後ろから音が聞こえた。瞬時に反応して、自転しながらの一振りをするが感触が何もなかった。空振り……? 肩越しに右後ろを振り返ると、音はまだ聞こえていた。
「あぁ……」
 それは意外なことに近い場所から聞こえてくるものだった。私の身体からこぼれ落ちた水滴が、足元に落ちて生まれた音、
「……」
 私からこぼれ落ちる雫は、水溜まりを赤く染めあげていた。その色を認識したせいか頬が少しずつじんわりとしてきた。
「……ぁ」
 そして私も何度か攻撃を受けていたことを思い出した。自分の服を見なおしてみれば、泥だらけ、しかもどこを負傷したのかコートを脱がなければわからない。わかるのは頬に傷があるだろうということと、黒のハイソックスは破れてもう一度履き直すことはできなそうなことくらいだ。
「……」
 新品がここまでボロ雑巾みたくなったのは、何度も回避のために転がったからだけど……後でこのせいで怒られるかもしれない。また服をダメにしたって。でも、そうしないと攻撃は避けられないし、反撃も出来ない。
 というか、そもそも戦闘服だっていうのに赤のスカートにはフリルのヒラヒラがたくさんあるし、それに全体的に白いからいけない。戦闘服なんだから、もっと色がつかないものにしてほしいものだ。

『アレら』を漆黒とあらわすのなら、私たちを純白とあらわす。

 確かそうこの服をデザインした人は言っていたんだっけ? 文句を言おうにも、デザインの変更を求めても、いう相手はもうこの世にはいない。だから、この戦闘服が変わるなんてことはないだろう。
 もし仮にあるとしたら、アレらが新しい戦闘服をデザインするぐらいか……。
「……」
 羽織っているコートももう何色だかわからない。茶色なのか、赤茶色なのか……最初の色なんてどこに残しちゃいなかった。確か白に黄色の十字架のようなものが背面にあるものだった覚えがある。一度着てしまえば、鏡でも使わなきゃ見ることもない私たち旧人類の印。アレら――新人類との違いを表す紋章だった。そんなこと考えていたら、
「……っ」
 重大なことにやっと気付いた。
 ――雨を今更いくら防いだところで、服から垂れ落ちる水の流れは止めることはできないって。
「……」
 無意味な魔法の使い方だったと落胆しそうになったせいか、少し気分が落ち着いた気がした。より一層落ち着けるように一呼吸して、私は刀を持ち直し、周囲の気配を探った。相手はずっとこちらを認識していたなら、今度はこっちが探る番。
「……?」
 そしてすぐに違和感に気付いた。今ならはっきりわかる。声をいくら潜めようと、こう身体全身に鳥肌を震えせるほどの殺気を出されたら、誰だってわかる。わからない方がおかしい。
 もしかすると――そういう魔法だったのか、これは……なら、もう迷わない。
 今度こそ確実に息の根を止めるだけだ。
 私が最初の一太刀で裂いた上半身への大きな傷穴。私たちと違うありえない再生能力であったとしてもあの深手ではもうどうすることもできないはずだ。じゃぁ、彼は何を考えて今までの時間を浪費していたのか? 奇襲はなかった。そうなると、何かのタイミングを図っている……のか? 少しでも深手を回復する時間かせぎ……なのか――そうであるなら、必ずどのタイミングかで現れるはずだ。
「……」
 右腕の破れたコートから赤く染まった肌がうっすらと見えてきた。大分右腕の感覚がないけれど、これはもしかすると危ないのかな? 右手で握っていた刀をそっと左手で軽く支えると、
「……っ!」
 激痛が全身にすぐに伝わってきた。あと一撃が限界……なのかもしれない。
「あははは、あぅあっ!」
 汚い奇声に面を上げれば、ようやく隠れるのをやめたのか。ゆっくりと、彼がこちらへと歩いてきた。彼のタイミングがやってきたということか。
「隠れんぼはやめることにしたの?」
 アレら――『人ならざるもの』の姿が私の前に、雨を嫌がる素振りも見せずに打たれ続けながら現れた。そもそも、彼の魔法なのだから、拒否感を見せるのはおかしいか。
「君も俺も条件は一緒だとは思わないかい? ひゃはは」
 不気味な笑みを浮かべながら彼はいってきた。
「条件ね――、」
 目を凝らすと、私が負わせたはずの深手はかさぶたのような黒い塊で塞がれようとしていた。でも出血は止められないようで、未だに流れている。制限時間ギリギリのタイミングで彼は現れたと考えるのが妥当なところかとなると……有利さでいえば、彼の方が上。だからこそ姿を現したのだろう。
「人ならざるものと同じだとは到底私には思えない。私は人間よ」
「それは違うな、俺たちが『人間』だ」
 新人類――人ならざるもの。それはこの世界に生まれた新しい人間。私たち人間と違う、人間。
「今まで何人も見てきたけれど、やっぱり私にはあなたたちは人間に見えない」
 目の前の彼が、人ならざるもの。
「でも、現実はこれだ。俺たちが人間なのは覆せない事実さ、ふふふふぃ、君もいずれ俺たちと同じになるのに、俺たちを否定するのか? アヒャヒャ、馬鹿なやつだ」
 そう……人ならざるものは、元は私たち旧人類。私もいずれなる新しい姿。新しい人間なのだった。
「それでも……」
 私は人ならざるものを人間だとは思わない。
「……」
 こんな生物が本当に世界を救う新人類なのか、私にはそうは思えない。でもあの人は言っていた『人ならざるものは、この腐りかけの世界を救うために現れた救世主』だと。
 目の前にいるのは昨日まで友だちだった男だ。
「ユキムラ……」
 ソウイチ・ユキムラ。それが人ならざるものになる前の彼の名前だった。
 水の魔法を得意とし主に障壁魔法を使う、防御に特化した魔法使い。だけど、今は違う。魔法使いでも、人間ですらない。気色悪いただの化け物にしか私には見えない。
「誰だそいつは? 知らないなぁ? 君の見間違いじゃないのか、くくく」
 面影はもうどこにもない。
「アヒャヒャ」
 不気味な顔……今の彼には眼球が存在しない。人間とは違う、人ならざるものとしての特徴がきっちりとその姿に現れていた。背中と両肩から生えた合計四本の触手。白かった肌は、焦げたような茶色へと変わり、獣のような黒い毛が肌を覆っている。耳は童話に出てくるようなエルフの耳のように横に長く、口からは昔図鑑で見たオオカミのような鋭い牙が、指からは刀のような切れ味がある赤く長い爪が見える。人間と思える部分は目視出来る限りでは、数えるくらいしかない。
「あへっあ、いぐぞっ!」
 彼が声を発すると、触手が動き出した。
「……っ!」
 周囲の地面を鞭打つように乱舞し始めたその行動は、私を近づけさせないためなのか、攻撃のタイミングを見計らっているつもりなのか判断がつけられなかった。
「……防御のつもり?」
 実際刀による攻撃は、触手によって受け止められて、重症になるはずの攻撃を何回も防がれていた。
「くくく、どうだろうなぁ!?」
 届いたのは、一太刀のみ。けれど、あくまでも防がれているだけで、いかに強靭な肉体であろうと、仮にも――新人類と呼ばれる存在。それと仮に人間とするなら、知能がある。だから、こちらを警戒するのも理解できる。そのために、攻撃の隙を与えないつもりなのかもしれない。
「……」
 その証拠に乱舞し続ける触手に傷がいくつかあるのが見えた。何十、何百回と斬り続けた形跡がそこにはあった。攻撃は防御されても少なからず通っていた。その傷が治っていないのは、深手を治すために再生能力を使っているからなのか、触手はまるで糸くずのように見えて、千切れないのが不思議に思えた。
「もっと、もっとだ! あはははは、全て消えてしまえばいいんだ!」
 彼が声高らかに叫び出すと、その身体が急激に波を打ちながら変化し始めた。膨張するように皮が風船のように膨らみ今まで外に出ていた触手が体内に吸収されると、新たな触手が両肩から生まれてきた。
 傷ついた部分を守るための再構築……!?
「これでおしまいだなぁ?」
「……っ!」
 警戒心をより一層強めて、両手で刀を握った。
 彼の声で精神が狂い、おかしくなりそうだった。やっぱり慣れない。私はあの人にはなれない。代わりになれっこない。私には――昔の仲間を殺すのは何度やっても辛い。
「アヒャハ!」
 新たに生まれた触手がこちらへと伸びてくるのが見えた。
「……そっか、おしまいなんだね」
 もう何も考えるのはよそうって、決めた。目の前にいるのは彼じゃない。敵なんだ。何も考えず命を奪えばいい。それが私、私たちの仕事なのだから。そうしなきゃ、私たちが滅んでしまう。
「はぁ!」
 両手に力を込めて、刀を三度見えないものを斬るように素早く振った。
 それも触手ごと本体に当たるように。
「ぬははっ? 気でも狂ったか! アヒャヒャ」
 私の行動を理解できないアレはにやけた。触手を変わらずこちらへとのばそうとしてきた。
「触手が、な、なぜ、う、動かない!?」
 けれど、それはもうこちらへと近づいて来なかった。
「……さようなら」
 あなたに昔の記憶があれば、警戒したはずなのに――。
 私の素振りは閃光とともに旋風となって、狙った場所に回避されることなく当たった。
 触手が肉片となり宙に散々と舞うのを合図として、光が彼の足へ届き、肉を削って斬り刻んでいく。
「ががあががあぅ!?」
 彼が叫び声をあげ斜めに崩れ落ちはじめた。
「……!」
 それを確認すると大きく一歩を踏み込んで、魔法を発動させ光へと私自身を加速させると、仰向けになった彼を踏みつけた。そして右胸に刀を突きつけ、
「……もう、言い残すことはないわね?」
 無駄なこととわかりながらも声をかけた。
「……救……世……」
 彼の言葉に少し戸惑いを感じたが、手を止めず刀をただ落とした。
「……」
 何を言われてもどうしもできなかった。
 でも、どうしてなの……紗枝?
 世界を救うなら、どうして人ならざるものは私たちを襲うの……? 救世主じゃなかったの……?
「……」
 人ならざるものは、刀を突き刺した場所から勢い任せに血を噴き出すと、最初から何もいなかったかのように私へ吐き出すだけ吐き出して消滅した。
 そうして浴びた血も、水の魔法が消えるのと一緒に、どこかへと流れていった。
 ――雨は止んだ。
 それは同時に彼を殺したという事実を私に植えつけてきた。
「…………っ」
 また……一人殺した。
 どうして、こんな時代になってしまったんだろう。
「……紗枝」
 あの人と学校に通っていた記憶が一瞬だけ脳内をかすめたけれど、『あんな日々はもう訪れやしない』と無理やりに意識を切り替えた。それは消滅したはずの彼の殺意とはまた別のものを感じ始めたから。
 その方向に目を向けると、
「……」
「おーい!」
 人ならざるものじゃない普通の男が二人、こちらに向かってくるのが見えた。戦闘が終わったのを確認して、こちらに来たのであろう。
「相変わらず、お前のスピードはすさまじく早いな。光の魔法で後ろに立たれたらどんなやつだって一殺だよな。まぁ、ここまでくるのに時間がかかりすぎって話なんだけどさ」
 男の中で眼鏡をかけてる短髪の男がにやけ車のキーを見せながらそういった。相変わらず私の気持ちなんてお構いなしにいうやつだ。私がこうしなければ、自分たちでは何もできないくせに。
「いいよな、そういう能力があるやつは。俺なんてただ、炎を出すくらいしかできないぜ」
 それに答えるように、親指から火の魔法を発動させたニット帽をかぶったもう一人の男が答えた。
「馬鹿言うなよ、あるだけましだろ。俺なんて何も能力ないぜ?」
 眼鏡の男は、地面に散らばっている血を固体にできる特殊な液体をかけ、それらが固体になるのを確認すると、
「これでよしっと、また一つサンプルが増えた」
 それを透明な袋に入れて笑いかけてきた。
 魔法である程度人ならざるものの残骸は流れてしまったはずだけど、相変わらず研究熱心なことね。人ならざるものの解明、特定なんて出来るわけなんてないのに。
「あんたたち、いい加減にしな。ここは敵陣よ。彼以外にも何かいるかもわからないわ。反応は今のところはないようだけど」
 男たちの身体に隠れていたのか、二人の影から一際小さい少女が現れそう怒声をあげた。金髪で水中メガネにしか見えない特殊なゴーグルをつけた少女だった。ゴーグルでその目は見えないけど、代わりに目の位置で黄色い点が二つ点滅し続けている。
「はいはい、うっせぇーな。お前はどこでもいつでも、ど・ん・なときでも!」
 ニット帽をかぶった男が少女の頭を乱暴に撫でた。
「まぁ、あたしはこういう性格なのよ。あきらめなさいって」
 そうされることに慣れているからか少女が笑う。
「あはは、違いない。ユーリは常に怒ってるよな……。どちらにせよ、萌は少し一人で特攻しすぎじゃないか? 俺たちなんて追いつきやしないし、戦闘入ったら援護すらできない。そんなことじゃ、いつか早死にするぞ!」
 眼鏡の男が急に機嫌悪そうに怒声をあげてきた。
「……それが何?」
「それって……お前っ!」
「まぁまぁそういうなよ、フィレンツェ」
 全くうるさい連中だ。何を言われてもどうでもよかった。私には関係のないことだ。両手に持っていた刀を右手で持とうとした途端、
「……っ」
 痛みが走った。しばらくは、動かさない方がいいのかもしれない。時間が経てば、治ることだから何のこともない。私たちも、人ならざるものと何ら変わらない事実がここにある。どんなに否定しても、アレらと私たちは、姿形は違くても本質的には等しいんだ。
「……」
「萌……?」
 陰湿そうな顔でも私がしていたのか、少女が心配そうな声をかけてきた。
「……ん」
 だから、何でもないように左手で刀を軽く振ると、少女……ユーリから手渡された鞘へと戻した。
「おい、聞いているのか!」
 眼鏡の男が肩を掴もうとする気配がした。だから――、
「別に……いつ死んでもいいじゃない。私は紗枝を探してるだけよ! それをあなたたちがどうこうする権利なんてどこにもないのよ!」
 答え代わりに魔法を使った。『人ならざるもの』へと、進化するために旧人類に与えられた力を。
「なに!? 消えた!?」
 ――遅い。眼鏡の男が掴む前には、既に私は彼の背後へと回りこんでいた。鞘に入ったままの刀をその背中に押し付けた。
「お、おい!?」
 緊張感が篭った声が彼から漏れた。
「……」
 このまま殺してしまえばどうだろうか? いずれは敵になるんだ。旧人類を全員殺して一体何の問題があるんだ。
「萌、相変わらずあなたの閃光はこのゴーグルを持ってしても、解析できないわね」
「そういうなよ、お前が死んだら俺たち悲しいぜ」
 慌てもしないユーリと、ニット帽の男が交互に言葉を続けた。
 そのおかげか、私は少し冷静さを取り戻し、鞘を彼の背から離した。
「それはどうだか……どうせ、敵の施設に潜入しづらくなるってのが主な理由でしょ? それにあなたたちからすれば、私は敵にまわしたくない相手だものね。早々に死んでもらった方がいいって思っているんでしょ?」
「それは……」
 私の言葉にニット帽の男は眉根を寄せた。返事できないよね。わかっている。ずるい言い方だ。私にも十分わかっている。みんなお互いを利用して生きている。仲間なんてそれだけの意味しか持たないってことは嫌ってくらいわかっている。
 だってそう思わなきゃ今は仲間でも、人ならざるものになったら最後殺さなきゃいけない。それに――、
「紗枝に会っても、私がいなきゃ太刀打ちできないものね? 均衡を保つことすらできやしない。だから、あなたたちは私の戦いに踏み込んでこない。紗枝と私が戦い始めたら、いえ、私の魔法の力に巻き込まれて死にたくないから……違う?」
「確かにあいつの力は……」
 眼鏡の男がこちらに振り返ると、不服そうな顔を浮かべていた。
 私と――私以上の魔法の力を持った『紗枝』が仮に『人ならずもの』になっているなら、私以外に対処できる人間は施設には一人としていない。
 人ならずものは私たち素の魔法の力が強ければ強いだけ、それだけ強い『人ならずもの』として生まれ変わる。だから、それを防ぐには進化をさせなければいい――人間として殺さなきゃいけない。だから、私を殺さなければいずれ、私が仲間を滅ぼすことになる。でも、彼らには紗枝の存在がある限り、私を束縛できない。光には光しか、対抗できない。それはここにいる誰よりも私が一番知っている。
 重い空気の中、ゆっくりと、
「だけど、今はあたしたち同じ組織の仲間でしょ?」
 ユーリが私に近づいて少し心配そうな声色を出しながら、こちらを見上げてきた。
「ユーリ……そうね、でもいつ『敵』となるか誰にもわからない。それが明日か、今すぐなのかはわからない。ユーリが今すぐに人ならざるものになるかもしれない。そしたら――」
 鞘に入ったまま刀をユーリへ向ける。
「でも、今は仲間じゃない。今はたったそれだけでいいじゃない。それじゃ、だめなの? 何が不服なの? それに結城紗枝は『今はいない』じゃない。そうでしょ? ここにいるのはあたしたち、組織の仲間だけよ。そんな緊張感を持つ必要はないよ」
 ユーリが笑いかけてくる。その笑顔には目元がゴーグルではっきり見えないけど、声色と頬の動きから一点の曇りさえないように感じた。
「……今は今。でも――」
 今日、死ぬのは自分かもしれないし、明日死ぬのかもしれない。
 昨日、死んだのも友だち。
 今日、殺したのも友だち。
 明日、殺すのはきっと友だち。
 じゃぁ、明後日は誰? いつ自分がその『友だち』になってもおかしくない。
「……ふん」
 刀をゆっくり下ろしながら、ユーリたちが乗ってきたはずの車がある方角へと私は一人歩き始めた。その後を笑い声とともにユーリたちが続いてきた。
 今は――ユーリがいうように良いのかもしれない。
 ……でもいつかはきっと訪れる。先延ばしなんて出来やしないんだ。


 組織のある地下施設へと戻ると、ユーリに無理やり医務室へと連れて来られて、精密検査をさせられた。不要だというのに、ユーリは融通が利かない。大した怪我でもなんでもないのに、いつもユーリは大げさ過ぎる。その感情を他の誰かへと向けてやれば、少しはいい雰囲気になるのにと、眼鏡の男を睨みつけたが、目を逸らされてしまった。こいつもこいつで、融通が利かない。
 それは私も同じか……紗枝がいない組織なんかにいつまでも留まって、ただ情報が来るのを待っている。本当に探したいのなら、敵陣の中だろうと何であろうと飛び込み続ければいいんだ。
 結局……私は今日も仲間を殺すのを躊躇った。組織の仲間にいくら強く言っても、説得力なんて私にそもそもありやしないんだ。


「うーん、問題なしかしらね」
 長かった検査からやっと開放されるのか、
「これでもういいわ」
 医者がカルテをライトテーブルの上においた。ライトアップされた私のカルテは、見るまでもなくオールグリーン。どこも異常はなかった。その一つを医者が手に取ると、
「相変わらずあなたの身体の回復能力は凄まじいものね」
 大量のファイルが収められている棚の中から『結城萌』と私の名前が書かれたファイルを取り出すと、その中へとしまった。
「進行度も相変わらず変化なしと――」
 ファイルの中を見ながらそういって、元の位置へと戻した。どれくらい進行しているのかを知っているのは、総司令と医者だけ。本人には近くなったら伝えられるというけれど、本当なのかどうか怪しいところだ。敵になる人間に、人ならざるものになる人間にどう伝えるというのだろうか。それは人間として、ある意味……死を伝えるのと等しいことなのに、じゃぁ、私はどうなのだろうか。もう人間じゃなくなっているのか、
「……」
 疑いの目を向けそうになった気持ちを抑えると、医者が私の右手を見た。
「一応それだと目立つから、包帯をしておきましょう。あなたはただでさえ有名だからね」
 そして傷痕が白く光っている私の右手の傷痕を包帯でぐるぐると巻いた。光は包帯に包まれる形で次第に見えなくなった。右手だけミイラ人間の出来上がりだった。
「子供たちにとってあなたは英雄にも等しいものだからね。そんな人がこんな怪我なんて見せちゃ落胆させてしまうわ……」
 哀愁感たっぷりの声だった。
「……嬉しいなんてこれっぽっちもない。強くても弱くても殺ることは何も変わらない」
 人を殺す力なんていらないのに。そもそも包帯があろうとなかろうと、怪我しているようにしか見えない。ファッションか何かであるなら別だが、生憎そんなのを気にする世の中はもう終わっている。
「そうね……それはある意味、彼らに近くなってるってことなのよね」
「……」
「あら、ごめんなさいね。あなたが人ならざるものだとは言ってないわ」
 バツが悪そうな顔を医者に向けられた。
「……わかっている」
 悪いのは医者のせいでも、私のせいでもない。そして言ってしまうなら、人ならざるもののせいでもない……結城紗枝が悪いんだ。
 それは誰も知らない。私だけが知っている。あの人の秘密だった。
「それじゃ、簡単な痛み止めと傷薬いらないと思うけど渡しておくわね」
 平常心であるみたいに表情を作り手渡された袋を受け取ると、
「……ありがとう」
 燻る想いを隠して医務室を後にした。


 施設内にある部屋に戻った私はベッドに横たわると、天井のシミを数えるつもりもないのに凝視していた。そもそもこれはシミというかカビなのかもしれない。水漏れが最近起こったって、ユーリが言っていた覚えがある。
「……」
 真っ白な壁を少しずつ侵食しているそれはまるでウィルスのようで、私たちの肉体に起きていることをまさに体現しているみたいだった。
「はぁ……」
 何も考えずさっさと寝て、早く身体を治そうって思っていたはずなのに……。
 医者に言われたからか――人ならざるものがどうしても頭の隅から離れてくれなかった。むしろ、寝ようとすると、余計に頭のなかに紗枝と、人ならざるものが交互に頭のなかを駆け巡る形になった。
 ベッドから右手を伸ばすと、薄い紫の光が私から漏れ始めた。
「……」
 私に体現したウィルスは、光の魔法。誰よりもはやく、誰よりも鋭い魔法の力だった。
 魔法……つまり超感覚的知覚能力者(ESP)や、いわば超能力を発現したものといった方が近いのかもしれない。それをいつからか『魔法』と世界規模で標章するようになった。それがそう呼ばれて、一般人にも知られるようになった時には何もかもが遅かった。元々、世界人口は減少傾向だったということもあったけれど、数万の人口があっという間に、数万人しか生き残らなかった。全て人ならざるものに喰われてしまった。それでも抵抗はあるにあったというべきなのか。
 とにもかくにも、人ならざるものの大群にはどの国の軍隊であっても役に立たず最終的には崩壊し、魔法が使える人間――つまりは人ならざるもの予備軍、そして予備軍に守れられた人たちだけが生き残るだけとなった。その予備軍が人ならざるものに抵抗するために組織を作った。それが私の所属する組織『グランディーネ』。
 人ならざるもの……彼らがこの世界に生まれた理由は、世界規模で謎だった。ウィルスのようにどんどん感染して、人間が進化していった。それはまるでお伽話に出てくる吸血鬼が眷属を作るかのように、広がっていった。一つ――人間の進化。一つ――神の試練。一つ――人間を滅ぼすためのプログラム。一つ――獣への退化。いろいろな説が生まれたけれど、どれも定かじゃないし、証明は誰にもされていなかった。しようとしている人間は残り少ない旧人類の中にはいるけれど、答えは誰も出せていない。そもそもサンプルを集めるのも命懸け、そしてまた自分もまたサンプルなのだから、大半が答えを出せずに狩られるか、自害するかの未来しか残されていない。
 人ならざるものは……魔法という力を手に入れた人間――旧人類が後に変化する新人類なのだから……仕方がないことかもしれない。
 私も結城紗枝。彼女がいなかったら、生き残れなかった。この手でお父さんを殺すこともなかった。悔いがあっても、なくてもそうするしか方法はなかった。人ならざるものとなったお父さんはお母さんを喰おうとした。だから、お母さんの生命を守るためには紗枝の言う通り殺すしかなかった。それが私の最初の殺人。それから私は紗枝の後をくっつくようにグランディーネに入った。そして私の手は汚れていった。そうしなければ、ここでは生きていけない。それが赤ん坊でも、子供でも、老人でも、人ならざるものになら関係ない、排除するしかない。それはもう仲間じゃなくて、敵なのだから。
 この地下施設の中でもいつ誰が襲い掛かってくるかわからない。私も例外じゃない。そのため、部屋には厳重なセキュリティが安全上かかっている。そして暗黙の了解として、異常な数値を弾き出した魔法反応があった部屋に毒ガスを入れて殺害するシステムが組み込まれている。それも再生能力が追いつかないまでに中から壊していくウィルスだという話。少なくとも、私が組織に入ってから、今まで使われたという話は聞いたことはない。
「……」
 右手の包帯をおもむろに解くと、あんなにも傷ついていたはずの右手はまるで嘘のように傷跡すらもうなかった。失ったはずの大量の血でさえ、あの時は危なく思ったのに今はなんともない。
「……はぁ」
 本当何もないくらいに綺麗な肌……昔だったら、それこそ羨ましく思われたかもしれないだろうけど、今は気持ち悪い、気味が悪い。自分でもそんな風に思ってしまう。魔法に目覚めたものの宿命とはいえ、仕方ないと思うしかなかった。
 人ならざるものの正体は、誰にも解明できないと言われているけれど、私は感染源だけは知っている。誰よりも知っている。
 あの人が私を不良から助けるために見せてくれた黒い炎。そして紫の雷。あれは間違いなく魔法だった。そしてその証拠のように、魔法というウィルスは私の住む街から、進行していったように私には感じられた。
 少なくとも、私がお父さんを殺したのは、魔法という言葉が報道される前。そして私も紗枝が私を助けてくれてから、魔法が使えるようになった。それも紗枝と全く同じ魔法を。

 最初の魔法使いは誰――?

 包帯をその辺に投げ捨てると、総司令が話していたことを思い出した。
「……」
 この世界の八割の人間はもう魔法に目覚めたという。もう人ならざるものがこの世界を握るのも近いのかもしれない。でも、感染源である紗枝を殺しさえすれば、残りの二割は救えるかもしれない。
 そんな思考を繰り返しているうちに、
「――萌いる?」
 ふいにアラーム音が部屋の中を鳴り響かせた。誰かが部屋の外にきたみたいだ。
「ん? ……いるけど?」
 ベッドから身体を半分だけ起こすとそう扉越しにその人物に話した。いつもの定例行事。これが私と彼女のやりとりの仕方――情報交換方法だった。
 返事から数秒の空白の後、
「いやぁ、いつもの情報なんだけどさ……」
 太い男の声からして、今日は男に変わっているようだ。
「えっ――本当に!?」
 紗枝のことを考えていたこともあり、声が少し裏返った。けれど変に思われないよう感情を必死に抑えて、
「……それで?」
 言葉に冷静さがあるように続けた。
「あぁ、まじだって! でも、ただの後姿らしいから、それが本人かどうかは実際のところわからないって話だが――」
 顔が見えないけど、一生懸命さを言葉から感じた。彼女らしいといえば、彼女らしい図々しいしさだった。彼女の情報屋としての能力は目を見張るぐらい重要度が高い。それでも、紗枝に関してだけは違う。
「……それは証拠がないと同じだよ」
 だから、私もいつもと同じように皮肉をこぼした。彼女が持ってくる情報は紗枝に似ている人がいた。紗枝と同じような姿をしている人がいた。結局どれもこれも似ている何かって情報しか届いてこない。
「まぁ、そういうなよ。どうせ他にやることないんだろ?」
 お互いに顔が見えないからなのか、お互い本音のようなものをぶつけているのかもしれない。いつから、こんなやりとりをするようになったのかはもう覚えていない。
「……」
 もう何年もこうやって、同じことを繰り返している。それなのに、あの人にかすりもしない。
「じゃぁ、いれておくからな?」
 沈黙が肯定と仮定された後に郵便ポストから、何通かの封筒が落ちてきた。それと同時に小さな足音が遠くへいった。
「……」
 いつもと何ら変わらない同じ情報の受け取り方が今回も無事に終わった。
「……」
 人ならざるものが増加してから、デジタルデータはなくなりつつあった。それはデジタルデータがどこからでも改竄ができ、変更・修正が容易だから……ちょっと違うか。人ならざるものでもアクセスが簡単に出来るからか。対応策として、アクセス権を制御すればいいだけのことだけど、もう直せる人間が存在しない。放置されたデジタルデータは、今や真意すら誰もわからない。
 だから、この情報の受け渡しが一番安全。アナログデータ以外に、信じられるものはこの世界には残されていない。医者のファイルと同じようなもの。
 立ち上がり、封筒を手にとって見ると、
「……」
 差出人はいつものように――ユーリ・ユグドラシルだった。


 ユーリの手紙に書いてあった場所を何箇所か廻ってみたけれど、特に何もなかった。異常なし。どこも廃墟で、誰も住んでいない。人ならざるものの気配すらない。
「……誤情報か……いつものこと」
 口に出してみると、凄く時間の無駄というか悲しさだけが私を襲いかかってくるようだった。それでも行くしかないんだと、私は廃墟から外へ出ようと足を向けた。
 そもそも誤情報なんていつものことで、今まで何回無駄足を運んだのかわからない。
「……」
 お母さんも、紗枝も一体どこで何をしているんだろうか……。
「……んっ?」
 この廃墟に入った時には何も感じなかったというのに入り口付近で立ち止まって、歩いてきた廃墟内を見直してみるといつもと違って、何か寒気のようなものを感じた。私の奥底で何かを警戒しているような感覚がした。その感覚を頼りに足を向かわせてみれば、
「……」
 その場所には人ならざるものに喰われたのか、ただ普通に死んだのか、人間の何かが入り口の隅っこで散らばっていた。
「……もう少し調べてみようかな?」
 死体を見たせいか、言葉を口にしなきゃいけないような気分だった。奮い立たせるのは地下施設を出る前にしているはずなのに、今日は一体どうしたのかわけがわからなかった。
「……」
 でも――こんな感じで紗枝の髪の毛一本でもあれば、それはそれで何かわかるかもしれない。生きている確証を得られるかもしれない。そう思うと入り口に向かっていた足をまた廃墟の奥へと向かわせた。
 何もないと思って、奥まで行っていなかったけれど、何かひょっとしたらあるかもしれない。
 その兆しがさっきの寒気。そんな気がした。


 廃墟の奥へと足を進ませると体育館のように広々としたエリアまで辿り着いた。
「……」
 その中央部分まで足を運ぶと、バイオテクノロジー研究室と書かれたプレートが落ちていた。
「……」
 その名前があるわりに何もない。
 何も残っていない……あぁでもさっきの骨はそういうものだったのかと、
「えっ?」
 実験生物について考えた途端――物音がして、
「ユーリ……?」
 肩越しに振り向いてみれば、俯いたユーリがそこにはいつの間にか立っていた。いつここに来たのだろうか……? まさか追いかけてきて……? それよりもなぜ足音が聞こえなかったのだろうか?
「珍しいね、ユーリがこうして現場の近くにくるなんて。どうか――」
 したのと言おうとした私はいう間もなく、後ろに跳躍を開始していた。
「ユ、ユーリ!?」
 それは、ユーリから何か細長いものが飛んできたからだった。私がいた場所に飛んできたのは彼女の髪毛――赤い髪の毛が針のように地面へと突き刺さっていた。
「一体どうしたの……ユーリ? また新しい武器の実験……とか? なら、こんな場所じゃなくて、施設の近くでもよかったんじゃない?」
『だって危ないでしょ?』そう言葉を続けようとした私の目に見えたのは、
「えっ――」
 ゴーグルを外しているユーリの顔だった。うつろな目で、血の気のない、まるで人ならざるものとして目覚めたかのような姿だった。
「ユ、ユーリ……?」
 金髪は血のような真っ赤な色に変わっていた。いつかこんなに日が来るんじゃないかって思っていた、考えていないわけじゃなかった――幼馴染だって例外はないんだってわかっていたことなのに。
「ねぇ、萌知ってる? どうしてあたしが『あの人』のデータを集めることが出来るのか、どうしてわたしがたくさんの声をだすことがデキルのか」
「……」
 私はユーリの問いに答えず、ただ静かに刀を鞘から抜いた。
「――おかしいって、思わなかった……?」
「不思議に思わないことはなかったよ」
 不思議に思っても、私は知らなかった。幼馴染なのに一体いつから、ユーリが不思議なゴーグルを付け始めたのか知らない。それを外している時も知らない。素顔をいつから見ていないのかもわからない。
 でも、ユーリは組織のメカニックの一人で新装備やらを私や、自分で試していたし、ゴーグルもその一部だと思っていた。人ならざるものの反応がわかるとかなんとかって話も聞いたこともあった。
 ユーリは近くにずっといたはずなのに、紗枝以上に何一つ知らなかった。紗枝に意識を集中していたのがダメだったのかもしれない。
「萌は、自分をまた責めてるの? 知っておけば良かった、考えてればよかったって」
「……っ!」
 見透かされていた。ずっと、ずっと泳がされていたっていうの……!?
「この数年間本当に楽しかったよ。幼馴染のあたし、幼馴染だったわたし。どれがぼくなんだろうね? わかる? 俺が、オレたちが何なのかを」
 声色を次々にかえて、こちらへと歩いてくる。
「や、やめて!」
 どうして、死んでいった仲間の声を出すの……?
「忘れないように言霊にするんだよ。それがボクの魔法だよ? 知ってるでしょ? だからこそ、情報屋が一体誰なのかわからない。まぁ、知らない人間なんてあの組織にはいないかな。みんなあたしの魔法も情報収集能力を理解してる。知らないことがあるとしたら、情報屋があたしという固定概念がある萌、あなたぐらいかな」
「っ――」
 突風がどこからか私を襲ってきた。私の知らないユーリの魔法だった。私が知るユーリは言語魔法のはず、風の魔法なんて聞いたことがない! 光を纏うと突風を遮断させた。
「内通者がいたって、思いつかなかったのかい? どうして都合よく、こうも簡単に情報が入ってくるんだと思う?」
「そ、それは……」
「あとね……まだ人間が生きているって本当に思っていたりするの?」
「えっ――」
 どういう意味なの? 意味がわからない。
「そっか。その顔はやっぱりまだ信じてたんだね。驚きだよ。まぁ、あたしとしては……ここ数年間本当に楽しい思い出だったよ。萌も十分楽しかったでしょ? もう十分だよね?」
 ゆっくりとユーリが近づいてくる。
「――ねぇ、もし人間がもう萌しか残ってないって言ったら、どうする?」
「そ、れは……」
 戦う意味がもうないってことで、人間の……敗北を意味するはずじゃ――、
「もしかして人間の敗北とか思ったりしちゃうのかな?」
「えっ――」
 耳元でユーリの声がしたと思ったら、急に左腕が軽くなった。そして激痛が、
「い、いやぁああああああああ」
 身体全身を襲ってきて、コートごと抉られた私の腕が私の目の前に落ちてきた。
「大丈夫だよ、萌。あなたはもうすぐ人ならざるものになる。そしたら、あたしたちの仲間だよ。みんな、待っていたんだよ? これはね、みんな待ってた痛みの代償……かな? 仲間なのに、どうして殺すのかって、組織の人間は文句を言い続けてたけどね――」
 ユーリの声が遠くに聞こえ始めた時、私はもう痛みで立っていられなくなっていた。片膝をついて、ただユーリを睨みつけることしかできなかった。
「――少しは仲間の痛さ、辛さがわかったかな?」
 ユーリの髪の毛が触手のように重力を無視して、逆立っていた。攻撃が見えなかった……?
「っ……わ、私は違う。あんたたちみたいな化け物じゃない!」
 仮に人間が一人になっても、最初の魔法使いを殺せば、きっとウィルスは駆逐される。昔読んだ本にはそんなことが描かれていた! だから、私は紗枝を見つけて殺さなきゃいけない!
「ふーん。まだ諦めないんだ」
「あ、たり前でしょ。左腕がなくなったって、この右手にある刀で、全員殺せばいいだけのこと。まずは、ユーリ、そして地下施設のあいつらを殺す!」
「生き生きしてていいことだね。でも、そうかなぁ? 萌に否定できるのかなぁ。あたしたちと違うって、証明できるのかなぁ」
 当たり前じゃないと応えようとする前に、
「――じゃぁ、その左腕は何なの?」
 嬉しそうな顔でユーリが私を見ていた。
「えっ……?」
 言っている意味が正直わからなかった。左腕はユーリに切り裂かれて、目の前に転がっている。痛みも……、
「えっ……? あ、あれ……い、たくない」
 あんなにも激痛が走っていたのに、何も左腕から感じない――むしろ、いつもと同じ感覚がする。恐る恐る自分の左腕を見れば、
「う、嘘……?」
 左腕があった。なぜか、そこには私の左腕が存在していた。魔法で作った腕でもなくて、触手のような腕でもなくて、私の左腕――見慣れた腕があった。
「うーん。やっぱり、あたしぐらいの力じゃ、削ることすら無理かぁ。ユキムラも馬鹿だよね。もうちょっとあたしたちの援護を待っていれば、死ななかったのに。まぁ、おかげで萌のデータが手に入ったんだから、どっこいどっこいかもしれないね」
 ユーリの言葉は頭に入ってこなかった。それよりも自分の身体が信じられなかった。ここにある左腕は引きちぎられたコートからきちんと見える。今までと同じように握ったり、開いたりしても、何も違和感がなかった。でも、私の前には血を流し続けている私の肩から抉られた左腕がある。

 ――意味がわからかなかった。

「そりゃ、紗枝お姉ちゃんも苦労するわけだよね――」
「紗枝を……知っているの!?」
 刀を強く握り締めると、立ち上がった。
「紗枝はどこっ!」
「あちゃぁ……そういえば紗枝お姉ちゃんは、萌にとって禁句みたいなもんだったね。ついうっかりしてたよ。でもさ――、」
 また、風の音が聞こえてきた。
「見つけてどうするつもり?」
 また風の魔法!? なら、音がしない方向に飛んで、
「はぁ!」
 私の魔法で吹き飛ばすだけ!
「二回目はさすがに当たらないかぁ。しかし、凄いね。やっぱり、紗枝お姉ちゃんの言う通りかもしれないね?」
「一体何のことよ! それに紗枝がどこにいるのか知っているなら、教えなさいよ!」
 刀を両手で握りしめて、光の魔法を身体に集中させた。言う気がないなら、総司令か医者に吐かせればいい。眼鏡の男でも、マフラーの男でもいい。誰でもいい。紗枝について誰かが知っているなら、子供でも容赦はしない!
「うーん、さすがにそれはあたしでも防ぎきれる自信はないかな」
「なら、そうなる前に教えてよ」
 ユーリはもういない。倒すしかないんだ。
「やだよ――」
 また耳元に直接声が聞こえてきた。
「な、何っ!?」
 意識が削がれた影響で、光の魔法が弱まると、
「さて、これでどうなるかな?」
 後ろから声が聞こえた。
「ユーリィ!!!」
「おぉ、怖い怖い。でも、一体そんな状況でどうするの? 振るものも、振られるものもあっちだよ」
 ユーリが指差す方向には腕が『三つ』あった。私が握っていたはずの刀もそこにはなぜかあった。理解が追いつきそうになかった。それでも、痛みがないのが幸い。
「腕がなくても! ユーリ程度……足だけで!」
 これなら足を魔法で包み込んで、首を蹴り落とせばいい。
「腕……? よく見てみなよ、自分の腕がどうなってるかをさ」
「腕なら、そこに……えっ?」
 私は自分のなくなっているはずの腕を、なぜかなくなっているはずの左手で自然に指さしていた。
「凄い回復速度だよね。さすが、あの人の妹なだけはあるよ」
「……」
 切り取られたはずなのに、傷口は両肩ともにない。変わっているのは、コートが両肩部分から破れていることだけ。
「世界を救う……その仮定があたしたち。そして世界を救うのは誰だろうね?」
「……知らない。そんなの私は知らない」
 光を纏うと、瞬時に三つの腕がある場所から刀だけを抜き取った。その側には、赤い細い髪の毛がいくつも刺さっていた。腕は確かに全部私の腕だった。
「……」
 左腕が二つ、右腕が一つ。合計、五つの腕がこの部屋にはある。頭がおかしくなりそうだった。
「準備は終わったことだし、あたしもそろそろお暇をもらいたいなぁって思うんだよね。大体萌は何でも突っ走るから、後処理が面倒臭かったんだよね。始末書書くのだって、楽じゃないんだよ? わかる?」
「……」
 刀を水平にして、光を強く自分に纏わせると加速した。
「そうか、やっぱり、間に合わなそう――」
 近づくにつれて、ユーリの顔がはっきりと見えてきた。安心しているような甘い笑顔だった。なぜそんな顔を死ぬ間際にするかは、もう考えずに私はただ突っ込んだ。
「っ――」
 肉を断つ刀の感触がした。
「……はぁ、はぁうっ」
 振り返らずとも、わかる。止めどなく流れる人の血の隆起する音が後ろから聞こえてくる。両断したんだ……、
「な、に、これ……!?」
 それに混じって、なぜか自分の心臓の鼓動が耳元で波紋を打つように聞こえてきた。
「っう……」
 すごく嫌な聞こえ方だった。
 爆撃機でかつて人ならざるものの集落を攻撃した時以上の爆音が私の耳元で鳴り続けている。それは警告音のような激しいリズム、そして突如として目の前がぐらりと歪んで、私はそのまま地面へと倒れた。
「……はぁ、はぁ」
 視界が徐々に薄くなっていく。血を流しすぎちゃったせいなのかな。
 それとも……ユーリの言った通り――このまま私は人ならざるものになってしまうのか。ぼやけた視界の中で、
「っ……き、りっ!?」
 薄い霧のようなものが見えた。
「……はぁ、はぁ」
 以前一度だけ同じものを見たことがある――そうあれは確かあの時だ。紗枝がいなくなった時、こんな風に霧が外の世界を包み込んでいた。そして目の前が白から黒ずんで真っ暗にノイズのようなのが走ったんだ。
「………………っぁ」
 あの時と同じタイミングで、ノイズ混じりの視界が消えた。


 ノイズがなくなった視界の中には、紗枝と、お母さんがいた。
 二人共笑って、こちらを見ていた。
「……」
 私は何も考えず――刀を三回振った。
 そして、何も聞こえなくなった。
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