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R.U.K.A.R.I.R.I | 魔法少女ほむら☆マギカ Beginning with Charlotte その2
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2014.01.12
魔法少女暁美ほむら。彼女の魔法は鹿目まどかとの出会いをやり直すための魔法であるはずだった。
しかしながら、時間遡行で戻った世界は彼女の知る世界ではなかった。
記憶をなくしたほむらが出会ったのは、シャルロッテと名乗る不思議な金髪少女。
「あいつらの方が魔女だ。罰せられるのはあいつらの方――」
果たして、ほむらは元の世界に戻ることができるのか。シャルロッテの正体とは一体……?

その1 その3


 また奇妙な夢を見ていた。
 ただ今度の夢は暗闇の中じゃなくて、きちんと私が知っている風景の場所がメインの夢――。
 仮にそれだけの内容だったら、私はこの夢が夢だってわからなかったと思う。現実の世界と誤解して、夢の世界の住人となっていたかもしれない。
 奇妙なこの夢はまるでテレビのニュース中継を見るような不可思議な世界で――。
 その中では、少女たちがそれぞれ異なる力を持ち、人と違う形をした敵と戦う、そんなフィクションの産物である空想話。そんな物語が私の目の前で繰り広げられていた。
「――っ」
 今まさに一体、敵である目がないバケモノが画面の中で砕け散った。血という概念はこのバケモノにはないようで断末魔だけを上げ、消滅していった。それを起点として、赤い長髪を持つ真っ赤な服の少女が迫り来るバケモノを次々に倒していく。
 その移動速度は人が走るには、とても制御できる速さじゃなかった。自動車やバイクみたいなスピード。その速さを利用して、手に持った赤い槍で一体、また一体と貫いていった。穴が空いたバケモノは大きな口を開けると、罵声を発して消失していく。
 そんな中でもバケモノはただやられるだけじゃなく、赤い少女へと反撃すべく腕を振り下ろしていた。腕は刃物のように怪しく光って、全てを切り裂きそうだった。けれども、その一撃は当たらなくて消滅を早める結果になっていた。バケモノは動けば動くだけ、体がジグソーパズルの破片のように砕けていったのだから。
「――っ!」
 赤い少女が怒声を上げる。減っているはずのバケモノが数を増していたからだった。黒いもやがいくつも集まり、数秒足らずで元のバケモノの体を構成していく。だから倒しても、倒してもバケモノが減ることがなかった。赤い少女がその様子を横目見て、また移動を開始する。

 ――産声と、断末魔が交差する街中。
 
 その少女たち以外、そこには誰もいなかった。まるで少女たちが戦うのが当然で、それ以外の人がいないのが当たり前。そんな風にさえ思えた。だからなのか、少女たちは街を破壊することを苦とせず、時に巻き込むようにして敵だと思われるバケモノを倒している。ビルが崩れ落ち、信号機が倒れ、道路に穴が空く。
 そんなことになっても顔色一つ変えない。街は一見すると、ゴーストタウンに変わっていく。
 これって、車とか保険とかどうするんだろう……。そんな現実的な考えが浮かんだ。
 だけどこれはただの夢なのだから関係ない……か。夢の中の心配事はまるで意味ない――ただの虚像。
「――っ」
 そのことをまるでわかっているみたいに動く夢の少女たち――、その中には私もいた。正確には私に似た誰か。
 私は銃を召喚するような不思議な力なんてないし、こんなバケモノと戦ったこともないし、見たこともないし、聞いたこともない。だから私に似ている別人だと思う。
 私に似たその人は赤い少女が切り込むのを、巻き毛みたいな黄色い髪を持った少女とサポートするように射撃していた。黄色い少女は細長い黄色い銃を、私に似たその人は小さい銃を撃っていた。絶え間なく銃による砲撃。赤い少女がその作られた道をただ進んだ。赤い少女の道のためにバケモノをひたすら牽制する――それが役目みたいだった。
 そんなフィクションだらけの夢。夢としか思えない映像が流れ続けていた。
 夢は私自身を見る形でただ進んでいく。私の意思とかそんなものなんて関係なく物語が進んでいく。だからなのかこれが夢だって私でもわかった。逆に夢じゃなかったら何なのかわからない。
 洗脳……攻撃? 例えそうだとしてもこんなもので洗脳して何の意味があるのかわからない。病院の治療項目でも聞いたことがない。だから……きっと関係ない。
 確か夢には……願望が現れることもあるっていうから、もしかするとこれが私の願望……なのだろうか。でもその可能性は低いと思う。私は戦いたいと思ったことなんてないし、誰かのために争いごとに首を入れてしまいたいなんて考えないはず。
「……」
 何か関係があるとしたら、この夢を見る前に“赤い短髪の少女”を見たからなのかもしれない。だけど、夢の中にいる赤い少女とは明らかに違う。こんなに長い髪じゃない。どちらかと言えば、黄色い髪の少女と同じ髪方に近い気がする。
「……っ?」
 赤い少女が何かを口にした。聞き取れない言語なのかさっきから何を話しているのかわからない。それに私以外の少女の顔がノイズのように隠れてうまく見ることもできない。
 夢なのにとても何だか中途半端。壊れたテレビってこういう風に見えるのかな?
「……」
 黄色い少女が赤い少女に答えるように頷くと辺り一帯のバケモノが死滅した。先頭を走っていた赤い髪の少女がこちらへと振り返りその顔が見え始めた時、私の意識は覚醒し始めていた。
 
 そしてノイズが夢の世界に走った。まるで――テレビみたいに。
 
 現実と夢が重なりはじめ、空の色が見え始めてきた。
「……あっ」
 空が赤い。夕暮れ時なのだろうか……。そう思っていたら、なぜ夢の世界に入ったのかが脳裏にちらつき始めてきた。シャルさんが何者かに攻撃を受けて……。でもシャルさんは無事だった。それも無傷で私を助けだしてくれた。そ こには違和感しかなかった。
 だって、シャルさんは金色で長髪の少女であったのに、助けてくれたその姿は別人。赤い短髪の少女へと変わっていた。そして……たぶんあの後気を失ったのだ。
 意識が覚醒し出した私は、
「うぅ……」
 身体が左右に揺さぶられ、極稀に上下へと動く不思議な感覚に襲われていることに気付いた。電車の揺れにすごく似ていると思う。そんな揺れが絶え間なく全身を刺激する。
 ゆりかごの中の子供はこんな気持ちを感じているのかも……でもよく考えてみればそういう心地よさじゃなかった。揺れは安らぎというか衝撃に近いから、子供が泣いちゃうかもしれない。
「んっ……」
 そのせいで声が漏れた。
「……?」
 私の声に気付いた誰かの視線を感じたけど、私なんて関係ないように不思議な感覚が私を襲い続けた。叩かれる感触でも、引っ張られる感触でもない。だけど身体だけ揺れ続けている。
「ぁ……ぅ」
 うっすらと目を開けると、大地が勝手に動いていた。
「ん……?」
 そんなことはありえないし、起こらない。だからぼやけていた私の視界は徐々にはっきりしていった。最初に手すりが見え始め、うっすらとタイヤがついた――車椅子。その形が目に入ってきた。私はなぜかその上に座っていた。
 気を失う前に座ったような気がするけど、定かじゃない。
「にぅ……?」
 金属の特徴ある軋む音が耳に入ってくる。それでやっと私を襲う身体への刺激が、車椅子が段差に乗り上げた時の振動なのだと気付いた。
「……」
 この車椅子を押してくれているのは一体誰なのかな……? 甲冑兵士、シャルさんと頭に次々と浮かぶけど、私はどれくらい意識を失っていたのかな。大地は赤茶色に染まって、少し暗くなっているようだけど……そうすると、夕方ぐらいなのかもしれない。
「おはようというべきなのかしら?」
 声が後ろから聞こえ振り返ると、
「シャル……さん?」
 夕日の光を浴びた赤髪の少女がそこにいた。赤いマントを羽織っているせいもあるのか、燃えているかのようにも見えた。太陽の光がそういう錯覚、それも……蜃気楼みたい効果でもあるみたいな感じ? 
 とにかく知らない人だった。
 正面へと向き直し、その姿を思い返すと頭の片隅にあった――夢の中で見た長髪の少女と重なる気がした。
 でも、それは一瞬にして消えた。
 夢の内容を完全に覚えているわけじゃないけど、ここまで短い髪の長さじゃなかった気がするから。
「えっと、あ、あの……その……」
 それになぜだか左手に何か寒気がある気がして――その恐怖から、もう一度言葉にした。
「シャルさん……ですか?」
 単純なことだった。押してくれていたのが誰かなんて迷う必要なんてどこにもなく、こうして振り返ればいい。そのことに気付くのに遅れたのは、きっと寝ぼけているのだと思い始めた頃、
「そろそろ、交代してもらってもいいかな? 疲れるってことはないんだけど、もうすぐ目的地だからね、一応さ」
 シャルさんが面倒くさそうに言うのが耳に入ってきた。
「う、うん」
 断る理由も特にないため、私は急いで立ち上がり車椅子をシャルさんへと譲ろうと砂の上に足を下ろすと、土混じりの柔らかさの中にある硬い感触がした。条件反射的に動いてしまったけれど、本当にこの少女がシャルさんなのだろうか? あの時死んでしまったのではないのか? 
 でも、あの時助けてくれた甲冑兵士たちがこの少女と一緒にいるってことはもしかすると、もしかするのかもしれない。一度深呼吸してからゆっくりと、
「これで座れる?」
 言葉にした。並んでみてわかったことだけど、シャルさんは身長がすごく低かった。小学生……低学年くらいの身長しかない。それに不思議な衣装を着込んでいるけど、とても肉つきがなくて身体が細いって思った。
 病院暮らしをしている貧弱の私よりもずっと、ずっと細い。
 何があれば、こんな細くなるのだろう……。その思考を遮るように、
「この姿のままでいると別人に思われちゃうしね――」
「なっ……!」
 まるでこちらの考えがわかっているみたいな言葉を綴った。警戒心もない無垢な顔で。
「よっと」
 シャルさんは勢い良く車椅子へと座ったものだから、しばらく車椅子が揺れていたけど、バランス感があるのか倒れなかった。何か倒れない補正でも掛かっているのだろうか……? 
 それとも目を閉じることによる精神集中の影響なのかな……? 
 でも――空飛ぶ車椅子なのだから、何があってもおかしいことなんてない。
 車椅子の揺れが収まると、手すりへとシャルさんが手を載せて、
「それはダメだから……さ」
 いたずらがバレてしまうのを恐れる子供みたいな無邪気な声を出した。
「そうなんだ……」
 何がダメなのかわからないけど、自然と相槌を打つこととなってしまった。満足の反応であったのかシャルさんが笑い声を上げると、
「そう。だから――」
 突如として、シャルさんが光始めた。
「うっ……!?」
 あの時、見た光と同じだった。私を救ってくれたあの時の眩しい閃光と。
「――ふぅ」
 閃光のような光が収まると長い金髪の少女が座っていた。
「……シャルさんなの?」
 本当に赤髪の少女はシャルさんだったのか? 
 その疑問は解決するまでもなく現実にこうして、赤髪の少女は、金髪の少女へと変わっていた。髪型もショートからロングへ、着ている服なんて比べるまでもなく違った。白いドレス。それもお金持ちやら、社交場で着るきらびやかな衣装。それをシャルさんは着込んでいた。そのせいでまるで整った綺麗な人形が車椅子に座っているみたいに見えた。 だからなのかあの時と違って、ひどくおかしく思えた。
 あの時は余裕がなかったからなのかもしれない。
 だって――荒れ狂う大地にこんな洒落こんだ少女がいるのかな。……それもどこも汚れている様子がない清楚なお姫様が。
「そうだよ、ボクさ」
 世間には手品でこういう七変化みたいな不可思議なことを実現しちゃう人もいるけど、確実にそういうマジックとはこれは違うと思う。それは空を飛んた事実があるから。
 あれが何かの薬による幻覚なら話は別だけど――そんなものは飲まされた記憶も飲んだ記憶もない。
「……」
 ここにいること自体が幻覚って、選択肢がないわけじゃないけど……この場所はあまりにもリアルに近い。鼻から頭の奥底へいく匂い、肌触り。私を刺激する、リアルを感じる要素がふんだんにあるから。
 だから――ここが現実じゃないって疑う余地がどこにもなかった。
 ただ、マジックじゃないとしたらこのシャルさんの変化は一体何なのだろう? シャルさんの身体、どこを見ても回答となる答えはなさそうだった。
「不思議かな? ボクの身体が」
 目をいつの間にか開いていたシャルさんと、視線があった。そんなに顔に出ていたのかな。
確かに不思議に思う。変身という言葉を知っているけど、ここに座る金髪の少女と、空を飛んでいた赤髪の少女。どう考えても同じに見えない。顔は違うし、身長も違う。変身というよりか、変態の方が正しい気がする。形や状態が違うから。でも声質は似ていたかもしれないけど、
「うん、同じ人なの?」
 別人なのかもしれない。
「そうだよ、ほむら。君と同じ人間だよ。ただ、ちょっとだけ違うだけ――。あぁそうそう、目的地まで押してもらえるかな? 問題があればこれに頼むけど」
 シャルさんは指で私の後ろにいた甲冑兵士を選んだ。甲冑兵士が私へ、シャルさんへと続いて頷いた。特に断る理由もないから、
「わ、わかりました。まっすぐ押していけばいいの?」
 車椅子の近くについていた甲冑兵士が一度私に頷いてその場から離れた。触っていいってことだよね?
「そうだよ、きちんとまっすぐね? ちゃんと押して欲しいかな」
 シャルさんの言葉通り車椅子のハンドルを掴むとまっすぐ押した。ここがどこだかわからない以上、シャルさんが示す通りの場所へ車椅子を押すことしか、私は選択しようがない。
「うん」
 スタートは順調だったのに、すぐに車椅子を押すのが大変なことに気付いた。道がデコボコしているから。どうしてあんなに揺れていたかよくわかった。でもこの状態でもシャルさんは何もないように車椅子を押していた。コツが何かあるのかな……。
「んっ……!」
 力をかけて押す。少しずつ前へ進んでいるのだけど、距離にして、数センチ。進んでいないにと同じくらいの距離だった。
「苦戦しているみたいだね」
 苦笑に似た笑い声が聞こえた。
「う、うまくいかないの……。どうすればいいの?」
「何も考えなければいいんだよ。押そうとするから余計に力が入って進まない。自然のあるがまま受け入れて、車椅子を前に押すんだよ。もちろん力は多少入れなきゃいけないけどね」
 力を入れないように、力を入れる……? つまりどういうことなのか?
「え、えっと……その……よくわからないです」
「そうだろうね、慣れればわかるかもしれないかな?」
「……そうなの?」
 よくわからない。でもやるしかなかった。
「あれ……?」
 一度ハンドルから離して、再度触れた時感触が今までと何か違った。力を抜いて、再度力んだおかげなのか、
「動……く?」
 私の身体の一部みたいに車椅子がゆっくりと進んでいく。数センチは一瞬にして終わり、一メートル、二メートル、数メートルと進み始めた。
「ねっ? 慣れでしょ」
 私ごとなのに、シャルさんが嬉しそうな声をあげる。
「そう……だね」
 動き出したら後は簡単だった。シャルさんのナビゲーション通りに進んでいくだけ。甲冑兵士に囲まれる中、私は瓦礫と荒地の世界を歩み始めていた。
 この先に何があって、ここから私の居場所に戻るにはどうしたらいいのか。そんな不安は徐々に薄れていった。まず目の前にある問題を回避しない限り、戻ることもきっと叶わない。
 そう、感じたから――。

 だからなのか、この時紫色の光が私の左手から漏れ出していたことなんて気付くことも、視界に入ることもなかった。
 
 車椅子を押し始めてから、一体何分ぐらい経ったのか。時間は黄昏がゆっくりと暗い夜になる頃合い。だというのに見える景色は特に変化なし。荒地に荒地、そして廃屋――ばっかり。
「うーん、懐かしいかな。こうして、外を車椅子で動くのは」
「そ、そうなんですか……?」
「やっぱり、人に押して貰えるってことは格別なことなんだよ。いわゆる愉悦の時だよ」
 人……? 甲冑兵士は人じゃないの? 疑問が浮かんで消えた。
「んっ……!」
 いくら車椅子を押すことに慣れたとはいえ、なんともいえない気分になりそうだったから。
 
 ――疲れなど全くないことへの違和感が、頭の中で渦巻いていく。

 いつもの私であれば車椅子を押すことなんて、五分も持たないと思う。普通の人は違うのだろうけど……、病院生活の私にそんな力なんてない。一分だって持たないはず。
 でも――でもできないはずなのに、既に私は走れた。避けれないと思った怖い攻撃も、避けれた。しかも疲れを全く感じない。呼吸さえ乱れない。今も走った時と同じで、いつまでも押し続けられる自信があった。
 車椅子がおかしいのか? 何が変なのか、考えれば考える程、疑問は混乱していく。
「はぁ……」
「んっ? ほむら。どうかしたのかな? もうすぐ着くから頑張って」
 振り返ることもせず、車椅子にただ座り続けているシャルさん。もしかするとシャルさんの力なのだろうか? いくらでも押し続けていられることはその力で証明できるかも。空を飛び、光を放ち、姿形を変える人なんて聞いたこともないし、見たこともないから。
 だけど、私が走っていた時はまだシャルさんとは会っていない。会ったのは甲冑兵士だけで。だから……、シャルさんが不思議な力を使おうにも無理。シャルさんが飛んでいる時に私を発見して、その力を貸してくれた。そういう考えもできるけど、結局会った時の反応を見る限りでは、はじめて見たのと同じ反応だった。だから違う。結局、シャルさん以外の何かな気がする。
「うん。だ、大丈夫」
 空を見上げ、歩く。空だけは見たことのある風景が流れていた。雲や青い空。
 一体私は――、どこに来てしまったのだろうか。
「あそこ、あそこに入って。見える? あの教会、ボロッちぃ奴!」
 私の意識を遮るようにして、シャルさんの声が耳に入る。
「あそ……こ?」
 指差す方向に目を向けると、確かにそれらしき建物があった。周囲が瓦礫となっている中、ボロボロではあるがきちんと建物として機能していそうな外観。そしてかなりの敷地の広さを持っているように見えた。
 でも……目の前の建物が教会と言われても、私には廃墟にしか見えなかった。教会と言われなければ、今まで見てきたボロボロの建物と同じって、気付かないと思う。
 だって外装は剥がれて、屋根は当然のようになくて教会らしさが何も残っていなかったから。
 一体こんなところに何のようがあるのだろうか……。あの街のこともあるし、ここに話せる人は私とシャルさん以外にいない……。だから付いていくしかない。
「大丈夫? 顔色悪いけど?」
 心配そうな顔をしたシャルさんが覗きこんでいて、
「だ、大丈夫……だと思う」
「そっ。じゃぁ、とりあえずあそこまで押していって。中に入れば後はボクが自分で進むから、しっかりついてきてね?」
 教会の入り口に建っている門の近くにある二つの柱を指差した。昔はきちんとした門の扉であったのかもしれない。今は何も取り付けられておらず、ただの瓦礫の柱。
「え、う、うん、わかった」
 私が相槌を打つのを確認して、シャルさんが前を向いた。だから、
「……んっ」
 車椅子を前へ進ませた。一体何があるのだろうか……。
「もういいよ、手を離しても」
 言われて手を離す。シャルさんが両手を使い、車輪を動かし一人で前へ進んでいく。瓦礫の教会へ真っ直ぐに。だいぶ距離が離れたところで、
「ボクがいいって言ったら、この門を超えるんだよ?」
 静止を求められて、歩きをやめてその場に待機した。どういうことなのだろうか?
「う、うん」
 何だかよくわからないけど、言われる通りにするしかなかった。もしかしたら、危ないことなのかもしれない。危ないことが何かわからないけど……。
「……?」
 背中から微風が襲うと、視界に甲冑兵士が入り、歩いて行くのがわかった。彼らは私と違って例外なのだろうか……?
「あっ……」
 その思考を裏切るように柱の前で三体のうち二体が、立ち止まりこちらを振り返った。
「門番……さん?」
 頷きも、返事も何も帰って来なかった。当然だったのかもしれない。シャルさん以外と会話が今まで成立していなかったから。言葉がもしかしたら通じないのかもしれない。
 だけど、シャルさんでさえ、彼らと話す素振りを見せたことがない。だから話せないのかもしれない。
「ほむら……?」
 私を気にする声がして甲冑兵士から視線を外すと、シャルさんが車椅子をこちらへ向きを変え何か驚いた様子で見つめていた。私が甲冑兵士を見つめているのが不思議な事なのかな?
「甲冑兵士さんたちは入らないの……?」
「うーん、一人は入るよ。ほら、そこの――」
 柱の前に立つことができず、ハブれた甲冑兵士が目に入る。門を中心にシャルさんと対象となる位置に甲冑兵士がいた。
「そいつと一緒にその門を潜って」
「う、うん」
 甲冑兵士の横に並ぶ。鎧に覆われたその姿は無言の威圧感がある。それは私を襲ってきた甲冑兵士とは違うってわかっていても、恐怖を感じたから。この甲冑兵士は何も悪くない。私が勝手に思っているだけ……。
「……?」
 甲冑兵士の兜を覗くと一度こちらに頷いた気がした。合わせてくれるのだろうか?
「ん……」
 でも、ほんとに動いてくれるのかわからない。まだ恐怖感の方が強い。
 だから、
「えっと、その……あの……」
 その一歩がなかなか踏み出せなかった。シャルさんの配下なのかもしれないけど……、私を襲ってきた甲冑兵士には違いなくて、鉄のこすれる嫌な音が何もしなくても耳に入ってくる。
 それに……やっぱり表情が見えないから――何だか無言の威圧感あって、否応なしに襲われた時のことを思い出しそうで怖い。
「ふーん……」
 首を傾げたシャルさんがこちらを見ていた。何か言いたげなのは、きっと『早く来なよ』って意味なのだろうけど……。無言の時間が少し経過すると、
「……」
 甲冑兵士が音をたてて頷く仕草を見せて、
「えっ――」
 一緒にって言っていたのに、勝手に門の中へ入ろうとするのが目に入って……。『どうして?』って疑問を考える間もなく、
「えいっ――」
 私は甲冑兵士に合わせる形で踏み出してしまった。
「……?」
 だというのに何も起こらなかった。教会がある敷地内へとその一歩を一緒に踏み入れたのに……。見当違いのことだったのだろうか? それともただからかわれただけなのだろうか?
 でも、それだったらシャルさんが静止なんか絶対言わないと思う……けど。
「どうしたの?」
「な、何か起きるんじゃないかって……。空を飛んだりしたから、ま、また何か怖いのが、お、起こるんじゃないかって……、思って――」
「そうだね、もう起きていると思うよ。大丈夫。怖いことじゃないから、一度目を閉じて、もう一度開いてごらんよ」
 ほんとにそうなのだろうか?
「う、うん。わかった」
 言われた通り、目を閉じついでに深呼吸をしてゆっくりと目を開いていくと、
「えっ――、なにこれ……」
 目を開け視界に入ってきたのは、確かに教会だった。
 壊れている教会じゃなくて、きちんとした教会が堂々と建っていた。それもステンドグラスが上部にあって思わず見とれるぐらい。
 それに鼻には優しい花の香りが入ってきた。焦げ臭い匂いや嫌な匂いなんてこれっぽっちもしない。
 よく見てみれば、教会の周り一面に花が咲き誇っていた。明るい赤と黄と紫そして白の花。その花の匂いのおかげなのか、さっきまで感じていた恐怖感なんて消し飛んでしまうくらい。
 そして教会のすぐ前には女神像があった。両手を握りしめて天に願いをこう姿をしていた。
「ありえない……!」
 数秒前まで瓦礫の一種で、言ってしまえば泥臭い場所であったのに……。目の前にある現実は一体何なんだろうか? シャルさんが見せる幻か何か……なの?
「残念ながら、幻とかじゃないかな。これは現実だよ、ほむら――ようこそ、楽園へ」
 教会の扉が開かれると、
「シャルお姉ちゃんっ……!」
 たくさんの子供たちが列を作って走ってきた。そしてシャルさんの車椅子を囲い込んだ。混乱が膨らんでいくばかりな私を気にする様子もなく、
「ただいま、みんな何もなかった?」
「うん、何もなかったよ!」
「なら、大丈夫かな」
 シャルさんは子供たちと会話していった。子供たちはシャルさんとは違って普通の格好。でも統一間がなくて様々な服装を着ていた。ワンピース、割烹着など。それに年齢層もバラバラで、幼稚園ぐらいから小学校高学年くらいの男の子と女の子たちのようだった。
「あの人は?」
 こちらに気がついた子供が私を指さした。
「新しいここの住人だよ。でも今日は構わないであげてね。わかるよね? それとボクも今日は眠るから、あとはみんなでなんとかできるね? 何かあれば彼らに言うんだよ。彼らが君たちを絶対に守るから――」
 シャルさんの問いに、元気に『うん』、『わかった』とそれぞれ子供が返事を返していた。子供たちに目がいってしまったせいで見落としそうになっていたけど、シャルさんの言う彼ら――甲冑兵士が教会の至る所で武器を持ち立っていた。
 シャルさんの言葉通りなら、この子たちを守っているの……かな?
「ほむら、こっち」
 シャルさんの言葉で考えるのをやめて、再度足を動かそうとしたら隣にいた甲冑兵士が同じように足を進め始めた。
「わ、わかった」
 少し早足で歩くとその鎧の擦れる音が後ろから聞こえ、安心しながらシャルさんの元へと行こうとしたら、
「お姉ちゃん、あとで遊んでね!」
 すれ違いの言葉に思わず頷いてしまった。向日葵のように優しい笑顔に。
 
 たった一瞬だったのに――なぜだか巻き毛の子供の嬉しそうな笑顔が脳裏に残った。

「さてっと……」
 シャルさんが教会の扉の前へと移動すると、まるで自動ドアのように両開きの扉が勝手に開いた。それも手を触れずに。そのことを不思議と思わないシャルさんが教会の中へと進んでいく。
「……?」
 一体どうやって扉が開いたのかわからない。てっきり私に扉を開けるようお願いしてくるのだと思っていた。でもシャルさんは私に構うことなく教会の奥へとどんどん車椅子を進ませていく。
 もしかしたらバリアフリーで扉が開く仕組みが何か入っているのかなという疑問は、扉を調べるまでもなくて何もなさそうに思えた。
 そもそもここにバリアフリーがあるなら、さっきまでいた壊れた街にもあったはず、だから違うと思う。そんな風に考えながら、後ろから子供たちの笑い声や話し声が聞こえる中、私も続くようにして教会の中に入った。

 ――空はもう青く星が輝きはじめる時間。
 教会の中に入ると、シャルさんはまだ思った以上に進んでいなかった。真ん中の通路を対象に左右対称に置かれた椅子。結婚式だと新郎新婦が進むのをよくテレビで見たことがある。その道を真正面にあるステンドグラスに向かうようにして、シャルさんは進んでいた。
 でもどうしてこの場所に来たんだろう? どこも壊れてもいないし、いるのは子供たちだけ。
「不思議……? そんな顔をしている――気がしてさ」
「えっ……」
 シャルさんを追って、通路の真ん中ぐらいに差し掛かった時、驚いた私の声が教会内に反響した。シャルさんは振り返ることなく言葉を続けた。
「ここの教会はあの街みたいに壊されることはないんだよ。ボクが守ってることもあるけど」
 車椅子の車輪が講壇へと向けて、回り続ける。
「壊れているように……見えるから?」
 教会の中は壊れている所がどこにもない。もしかするとあの門を超えないと、この場所は判別できないのかもしれない。だから、私を襲った甲冑兵士がこの教会の近くに来たとしても“何もない”と判断するのかもしれない。
「そうだね、それもあるけど……」
 教会の講壇の前で右に曲がり、そして講壇を中心に左右対処にある右の扉を開け、シャルさんがこちらを振り返った。
 それ以外に一体何かあるのだろうか? 例えば、絶対的に認識できなくなる何かとか。でもそんな科学がここにあるように思えない。だって、私の知る車の形は、あの街にあった馬車と違うってなんとなくだけどわかるから。少なくとも住んでいた街には存在しなかったはず。
「ほむら、こっちだよ。ついてきて」
 小走りで急ぎその後に続くと、その扉をくぐる。扉の奥は通路のようで、手前だけじゃなくて奥にもまだ扉がいくつかあった。この通路は他の部屋に移動するための廊下なのかもしれない。
「ちょっと離れて……」
 シャルさんがその廊下の途中で止まった。そこは扉と扉の境目。――つまり扉が何もない位置だった。その位置に向き直るよう車椅子を回転させていく。
「どうかしたの……?」
 何か考え事……? シャルさんの前の壁にはあるのは年季によるシミ。それぐらいだった。
「……ふぅ」
 耳元に何か集中するような深呼吸に似た声が聞こえ始め、
「……ふぅ」
 シャルさんが目の前の壁に手を伸ばした。手に赤い光を纏いつつ、そのまま壁に触れると触れた場所から水紋のように赤い光が壁を伝わっていく。そしてその赤い光の波紋がゆっくりと線を描くようにして四角を描いていた。そして赤い光が消失しだすと、
「なっ……!?」
 壁がその赤い光通りに四角く切り抜かれていった。その壁の奥は、真っ暗な吹き抜けがあった。一体何のためのものなのだろうか? 簡易的な押し入れ……とか? 
「さっ、もうすぐだよ」
 シャルさんは驚いた様子もなく、その暗闇の続く空間へと車椅子を進ませていく。それが現れるのが当然、まるでそんな感じ。戸惑いとともに、
「え、うん。えっ――」
 慌ててその闇の中へと足を踏み入れると、視界が闇に落ちた。振り返れば、入った空間が消滅していた。そのための暗転。混乱しそうな私に、
「こっちだよ」
 というシャルさんの声の方向に一つの赤い光が見えた。この空間、そして姿形を変える不思議な光。それを天に捧げるかのようにして、シャルさんは手に宿していた。
「――あれだったら、ハンドルを握っていてもいいよ」
 なんとかシャルさんの元へと、足元の見えない恐怖と闘いながら接近した私は、その問いに答えるまでもなく、それを握った。何もないように見えて、足場は鉄のような硬い感触を私へと反発してきた。整備されている道なのか……?
「じゃぁ、握ったままついてきてね」
 シャルさんに諭されるまま、私は誘導されていく。どこに連れて行かれるのかわからない。だから自然と、
「……その力は一体何ですか?」
 恐怖を紛らわすようにずっと疑問に思ったことを聞いた。車椅子が発する車輪の金属音だけがしばらく響いた。
「魔法だよ」
 シャルさんが止まり、手に宿した光の色を変化させた。赤から、黄色。黄色から赤へと――。
「魔法……?」
 ――聞いたことがある気がした。
「便利だけど、残酷な力――」
 そうシャルさんがつぶやき、また私の歩みがシャルさんの思うままに進んだ。何もない空間。この空間には段差がなかった。代わりにあるのは坂道で。微妙な角度ではあるのだけど、確かな下がり道。もしかすると、地下へ向かっているのかな? 地下室みたいな特殊な空間があるのかも……。
 でもどうして、そんな隠れ家みたいな場所に行くのだろう? さっきの子供たちはここに来れるのかな、そんな疑問が浮かび始めた時、
「……?」
 ある地点でシャルさんが止まった。見渡してみれば黒い影――甲冑兵士がうっすらと見えた。
「……あっ」
 光が甲冑兵士を照らすとその色合いがわかった。漆黒に似た黒、そして長い槍を持っていた。
「何もなかった?」
「……」
 甲冑兵士が答えるように頷いた。
「そう……」
 シャルさんは車椅子を甲冑兵士の横へと動かす。そして先ほどと同じように手を前へと伸ばすと赤い線が走り、切り抜かれていく。その赤い光が消えると四角い閃光が刺激として入ってきて、
「うっ……!」
 左手でその閃光を隠し、思わず目をつぶってしまった。暗い道をずっと歩いていたためか、光への抵抗が弱くなっているのかもしれない。
「さっ、ついたよ」
 再び目を開けると、切り取られた闇に光ある部屋が生まれていた。そこは廊下とは違って、普通の部屋だった。誘導されるように、シャルさんの車椅子と共に部屋に入る。入り口にいた黒い甲冑兵士も、私たちに並んでこの部屋へと足を踏み入れていた。
 目に入った閃光の正体はすぐに発見できた。室内にあるランタンみたいなのが宙にいくつも飛んでいたから。
「手を離してもらってもいいかい?」
「う、うん」
 この部屋には大きな机、大きなベッド、大きな本棚と他に何点かの家具があった。どれもこれも年季が入っており、綺麗に掃除されている感じがした。シャルさんはその大きな机へと向かい、机越しになるようこちらへと向き直していた。その位置はちょうど大きな机の真ん中――。
 私とシャルさんの位置関係は、テレビで見る校長室や、社長室みたいな対面状態へなっていた。黒い甲冑兵士はその机の隣へといつの間にか移動していた。
 どこか黒い甲冑兵士に見られている気もして、少し怖くなった私は気を紛らそうと、
「……シャルロッテ・ハートクロイツ ストーリー」
 本棚に目がいき、思わずそのうちの一つ――その題名を自然と読んでしまっていた。
 他の本と違って、綺麗に装飾されて何か懐かしい気分を感じさせたその一冊の名を――。
「!?」
 鋭い視線が一度私を襲うと、

「――どうしてその名前を……」

 すごい鬼の剣幕のような威圧感が――、
「うっ!?」
 シャルさんから向けられた。
「な、何が、で、ですか!?」
 今すぐ何かされるそんな印象さえ感じた。
「うぅ……」
 私は読める文字を読んだだけなのに、おかしいことだろうか……?
「お前が言ったのかな? いや、そんなことはない……かな」
 甲冑兵士が直ぐ様否定するように首を横に振って、静かな声で『知りません』と答えた。低い男の人の声のようだった。
「あはははは、面白いね。ほむら」
 私はただ本の題名を読んだだけというのに……。
「面白……いですか?」
 シャルさんは一体何なのだろうか、へんな格好の女の子になっちゃうし……。それに何か色々知っている気配すらするのは……、どうしてなのだろうか?
「神託通りだよ――」
 シャルさんが私の左手の方をなぜか一度見てから、
「そして、あなたも魔法使いだよ」
 私の顔を見てきて。
「魔法使い……?」
「うん。……なるほどね、それなら理由が全て説明をつけることができるかな」
 そしてはにかむように笑い赤い鈴を鳴らした。
「えっ――」
 シャルさんが鳴らした鈴の影響なのか、フィードバックするみたいに何かのイメージが一瞬通り過ぎて、視界を暗転させた。そしてぐるぐると世界が回る感覚が身体全身に響き渡った。でも気持ち悪いって全然思わなくて、むしろ懐かしくてポケットに違和感がした。
「じゃぁ、警戒をお願いね」
 鉄のこすれる音が後退さっていくのが耳に入って、やっと震えが収まろうとしていた。
「……ふぅ」
 違和感の場所をスカート越しに触ると、確かな感触があった。硬い何かがポケットにある。
「あっ……」
 ポケットに手を入れて、その固形物を取り出してみれば、フィードバックしたイメージ通りのものが手の中に現れた。
「ほう……、ほむらのは変わった形をしているのね」
 私のポケットから出てきた宝石を見たシャルさんが、また鈴を鳴らす。ほむらのはということは、私のこの宝石とシャルさんの赤い鈴が同じものということなのかな。
 でも、私のは、紫色の光を放つ宝石で。しかも紫色の液状が脈動するみたいに宝石の中をうごめいている。あの鈴と同じものに見えない。そもそも宝石と、鈴なんてどう考えても材質が違うし、用途も違う。
「ふぅ……少し疲れた」
 そういったシャルさんは机からベッドへ移動すると身体をうまく移動させ、ベッドに寝そべ始めた。
「今部屋は空いていないから、一緒のベッドでもいいかな? 詳しい話は明日かな。急いでも得することも損することもないと思う」
「うん、わかった」
 手招きに従うように、その横に移動すると同じように寝そべる。ベッド特有の反発が身体を押し上げてきた。
「それに子どもたちと一緒だと眠れないかもしれないでしょ? 知らない人が多い。当然……、ボクも含めてと」
「そう……かもしれません」
 人と一緒に寝るのは久しぶりかもしれない。知らない人かもしれないけど、どこか懐かしいという感情が溢れた。
 でも――大切な何かを忘れているそんな錯覚もした。
「シャルさん!? 顔色が……」
 遠目だったせいか、今まで気付かなかった。ベッドの隣というポジションにこなければ、ずっと気づかなかったと思う。土気色、そして目元は黒く疲労困憊で倒れそうな顔をしていた。もしかすると魔法の力でずっと隠していたのかもしれない。
「……大丈夫、いつものことさ。気にしないでおいてくれ。朝がくれば、また元に戻るよ」
 シャルさんが笑った。でもそれは愛想笑いで元気をどこにも感じられないし、全然説得力ない。
「――いつものボクに」
「そう……なんだ……」
 シャルさんのことが心配なはずなのに、睡魔が襲ってきて、どうしようもなく眠い。気絶して眠っていたはずなのに……。まぶたが落ち始め、またへんな夢を見るのかなって――、
『求めよ、さらば与えられん。尋ねよ、さらば見出さん。門を叩け、さらば開かれん』 
 思い浮かべたら、そんな声が聞こえた気がした。


「ほむらちゃんっ!」
 そう――私を呼ぶ誰かの声がした途端、急に震えを感じた。
「ぐぁ……!」
 そして続け様に血のざわめきが全身を駆け巡って、私は覚めた。
「はぁ……はぁはぁ……、なに……これ……?」
 
 ――嫌な目覚め方だった。
 
 両手を見ると、微かにまだ震えている。身体の中を血流が勢い良く駆け巡ったと思ったのに、否定するみたいに体温はどこか寒くなっていく。
「一体何なの……」
 それはまるで、何か大切なことを忘れているのを怒っているようで……。確かに前に聞いたことある声だった気もするけど……。頭を振り、考えをあらためるようと、顔を上げると光の入る隙間も、陽の差す窓もないためなのか、真っ暗な部屋だった。視界に何も入ってこない。
「あ、あれ……?」
 ――でも、どうしてさっきは手が見えたのだろうか……?
「……?」
 暗闇に目が慣れてきたのか、うっすらとだんだん部屋の中が見えてきた。手も見える。
「ふぅ……」
 深呼吸して、目を閉じる。さっきのは勘違いなのかもしれない。寝ぼけて、そう認識していた――そんなところ。
こうして知らない場所で目覚めるのは三回目。でも他の時より不安感は大分少ない。第一に外でないから。そして少なくとも、信頼できそうな人の居住スペースにいるから。目を開けてみれば、
「シャル……さん?」
 その信頼できそうな人は、私の隣に既にいなかった。先に起きていたのかもしれない。ベッドから温もりを感じない。つまりは大分前から既にここから出ていったってことかな。
「……」
 ベッドから降りて、私は置かれた状況を確認することにした。
「あっ……」
 足が床へと付くと、真っ暗だった部屋に明かりが灯った。入る時に見えた空飛ぶランタンが光を放出していた。夜道にこういうものがあったら、火の玉と思ってしまうかもしれない。
「これも魔法の力……なのだろうか」
 ランタンを手にして離しても、変わらず浮いた。シャルさんは私も魔法使いだと言っていた。ポケットから紫色の宝石を取り出し手の中で転がしてみる。確かシャルさんはこれがその証拠と言って見つめていた。
「……」
 まるで生きているように、この宝石の中にある紫色の光が動いている。それこそ何かの脈動のように耐えず荒ぶっている。こんなの見たことない。
「そっか……」
 私じゃわからないか。状況整理も何もまずは情報が必要。そう感じた。
「えっ――何?」
 視線を感じ振り向けば、それが目に入った。赤いマントを羽織った人形。その人形の目が私をしっかりと捉えているかのように、机の上に座っていた。入ってくる時にはなかった気がする。
 でもはっきりはどうだったか覚えていない。あの時は見る余裕がなかったから。でも確かになかったはず……。はっきりと思うのは不気味、それが感じたこと。
 それにどこかで見たことがある気がして、凝視していると、
「えっ……」
 人形と目があった気がして、
「っ……!」
 急いで部屋の外に出た。それが不気味に感じたのは、至るところが食いぬかれたのか穴だらけ。しかもその穴から、うっすらと赤い光が見えたから。


 飛び出した瞬間、しまったって思った。でもその時には既に遅くて、この空間に入った時のように元いた部屋への道は閉ざされてしまった。
「……えっ」
 でも暗闇は訪れなかった。足元がはっきりと照らされていた。
「あっ……」
 黒い甲冑兵士がランタンを片手に立っていた。正確には紺色というのだろうか、錆びた銅みたいな青みを鎧は帯びていて、光はその右手にあるランタンのものだった。
「……」
 甲冑兵士は微動だにせず、こちらを見ることもなくただ停止していた。戻る道も封鎖され、行く道もわからない。だから、
「あ、あの……」
 思いきって声をかけてみることにした。何も反応がなかったらと嫌だなぁと考え始めた私に、
「ふ、ふへぇ!? えっ」
 甲冑兵士がゆっくりと動いた。何かされるのかもしれないって警戒したら、
「あ、あっちに行けばいいの?」
 甲冑兵士はランタンを持っていない左腕でその方向を指し示してくれた。右の方向を――。
「あ、ありがとうございます」
 深いお辞儀をして、
「あっ」
 甲冑兵士の示した道を歩き始めようとその一歩を踏みしめると、
「光が――」
 私の行く場所を示してくれるかのように、光の道が続いていった。
 光の道を進んでいくと、来る時に感じた下り坂だった道は、上り坂へと変わっていた。


「眩しい……」
 暗闇の道から抜け出し、視界に入ってきたのは陽の暖かい光。
 あの空間からの脱出は思った以上に簡単だった。私が来るのをまるで待っていたかのように、光る扉が開いたから。シャルさんの命令で開いたのかはわからない。だけど、無事にこうして戻ってこれた。これが魔法の力……なのかな?
「ん……? 誰かの声……?」
 耳をすましてみると何かの音が入ってきた。誰かの声のようだけど、その声の主を近くに発見できない。他の部屋にいるのだろうか……?
 廊下から広間へ抜けると、声の大きさが変化した。
「……?」
 でも、声が聞こえるはずなのに、その姿見つからない。そのため少し探検をするつもりで足を進ませようって考えると、
「ねぇねぇ、お姉ちゃん約束!」
 教会の真ん中ぐらいの位置で声をかけられた。しかも小さな衝撃付きで……。振り返ってみれば、小さな子供が私の服の裾を握りしめていた。それは昨日笑っていた少女だった。いつの間に後ろに歩いてきたのかな? 
 足音も人の存在感さえなかった気がする――匂いも何もかもが。
「えっと――」
 目に入った容姿は夢の中で見た黄色い髪の少女かと一瞬感じるものだった。でもそれはすぐに間違いだと気付いた。それは明らかに幼いから。少女は幼稚園児くらいの大きさ。そしてなによりも髪の色が違った。巻き毛の子供は茶髪。 似ているのは、髪型だけだった。
 髪の毛を渦巻きのようにくるくると巻く髪型。
 そんな困惑の中、疑問を感じた。
 別に夢の中の少女が実在するのかわからない……けど、なぜか頭痛はしなかっただから――はっきりと黄色い髪の少女が頭に思い浮かんだ。マスケット銃を使う少女。でも、それ以上思い出そうとしても、やっぱり顔はノイズのようなモザイクがかかっている。
 どうして、頭痛がしないのかわからない。あの時は思い出そうとすれば、激しい頭痛を伴ったのに。思い出すのはやめようと思っていたのに――今は何も感じない。
 巻き毛の子供は、熟考する時間をくれるわけもなく、
「ねぇねぇ!」
 と愛くるしい可愛い声を上げてくる。だから、
「その……」
 どこかそのことがわからないのを責めてきているような感じがして、後退り背中に椅子の硬い感触がした。そのため、受け答えできる態勢でなかった私は曖昧の対応になる一方。
「えっと……」
 これが知っている人物で、なおかつ人の気配――、何らかの音がすれば多少なりとも対応できたかもしれない。だけど目の前にいる子供は、音もなく近寄ってきた。
 もし仮にそうでなければ、多少なりとも心の準備ができたと思う。対応は何も変わらないかもしれないけれど、ここまで混乱しなかったと思う。少しだけ手を使って巻き毛の子供との壁を作って、
「うん……」
 頷いた。確かにこの教会に入る時にたくさんの子供たちを見た。この場所に入ってすぐにシャルさんを取り囲んでいた記憶がある。
 あの時は大丈夫だった。近くにシャルさんがいたから。でも今は、
「お、おはよう。シャルさんを知らない?」
 だからシャルさんを無性に求めた。この状況をきっと解決してくれると思うから。
「わかんない!」
 巻き毛の子供は頭を左右に振り答える。
「そ、そっか。そ、それでどうかしたの?」
「ご本読んで欲しいの!」
 その手に持っていた一冊の本が私の目に入った。見たこともない言語だった。
「えっ……」
 巻き毛の子供のウルウルと輝く瞳が私を責め立てる。早く読んで――と。それこそ、日本語であれば読んであげられたかもしれない。会話せず、ただ本の内容を読みあげるだけなのだから。でも、これは日本語ですらない謎の言語。
「んっ……、どうかしたのかな?」
 無邪気な明るい声が聞こえてきて、安心できた。シャルさんは私が出てきた右の扉ではなく、教会の左の扉からちょうど出てきたところだった。手には何かの本を所持していた。
 その後ろに隠れるように子供たちがこちらを見てくる。
「えっと、そのこの娘が本を読んでって――」
「ほう、じゃ適役だよ」
 代わりに読んであげてと言う前にそう言葉を遮られた。数秒の沈黙のうち、巻き毛の子供とシャルさんから疑問の視線を送ってきた。だから、
「えっと、その文字が……読めない」
 頬に熱が集まってくるのを感じながら、素直に答えた。
「んー、そんなことはないと思うよ」
 でも、シャルさんは私の言葉を笑いながら否定した。そんなの絶対にありえない、そのくらいの勢いで。だから、
「だって、こんな文字なんて私は見たことないよ!」
 売り言葉に買い言葉。普段出さない大声が出た。巻き毛の子供がビクッと一瞬震えたのが見えて、私は何を言っているのだろうかと後悔した。そんな私にシャルさんが、
「じゃぁ昨日の夜、あの題名を読み上げたのは誰だったのかな? ちなみにあれもその本と同じ文字で書かれているよ。まぁ、あの文字はそもそも子供たちというか、ボク以外に読めないはず……。仮に読めたとしたら――、同じ魔法使いだけさ」
 楽しそうな声をあげ、私に問うた。
「えっ……」
 そんなはずはない。そんなことなんてはない。巻き毛の子供が持ってきた本の題名が昨日見た題名と同じなんてありえない。あの時、見えたのは頭の中に直接文字が……。
「あっ……」
 
 ――そうだ。
 
 確かに……あの時私は題名なんて読んでいない。直接頭の中にその言葉が入ってきたんだ。
「ふふ」
 シャルさんがまた笑った。何か見抜かれているようで、恥ずかしくなる。
「ほむらは魔法使いなのだから、魔法を使えばいいのさそれに――」
 シャルさんが私の口元を指さす。金色の髪がゆらりと揺れ、輝いた。
「既にボクたちはこうして会話している。なら、できないわけないかな。ボクはこの子たちに勉強を教えるから、それ以外をお願いするよ。宿泊代みたいに思ってくれればいいかな」
 シャルさんはそういうと笑いながら、何人かの子供を連れて、教会の奥にある左の扉に入っていった。子供は小学校に通っていたとしたら、高学年だろうと思われる容姿だった。
 対して私の周りには比較的幼い子供たちが残った。というより集まってきた。
 見た目はまだ勉強が必要ない幼稚園児ぐらい。
 助け舟のはずであったシャルさんがいなくなったこともあり、
「あの……読みたいの?」
 自分でどうにかするしかなかった。
「うん!」
 子供に対してもギクシャクになりそうだった私を気にしない声が響く。若くて明るい子供の生き生きとした声。周りにいた子供も期待に満ちた目でこちらを見てくる。おそらく、ここにいる子たちは字が読めない。そう直感的した。だからこその期待の表れなのだと思う。この世界を調べるためには協力する関係が必要。
 だから、少女から本を借りると睨みつける。
 一枚目をめくっても、暗号文のような文字の羅列がぎっしりとそこにはあった。
「えっと……」
 読もうとせずに私は題名が読めた。そしてシャルさんとも話せている。だから、日本語を読むようにできるだけ自然に本を見つめなおす。すると、
「……」
 紫色の発色光が私の周囲にきらめき始めるのが目に見えた。これが魔法なのかわからない。だけど、なぜか大丈夫なのだとどこか安心している自分がいた。
「……二人の仲の良い姉妹がいました」
 その言葉が見えたと思えた時には、自然に口にしていた。今まで読めなかったはずの文字が日本語のように見える。
「お姉ちゃん!」
 巻き毛の子供に反応し、顔を見ると、
「ん……何? えっ……!」
 巻き毛の子供に手を掴まれ、そのまま手を引かれた。
 そして教会の四人くらい座れる長い椅子に誘導され座らせられると、
「えへへ」
 本を読んでと言った巻き毛の子供が私の膝にちょこんと乗った。
「――えっ」
 子供なのだなということと、子供の軽さにびっくりした。実際子供の重さがどれくらいなのかはわからない。だけど、それにしてもこんなに軽いものなのだろうか。シャルさんにしても、この子供にしても、ひどく痩せている気がした。
「えふぅ」
 巻き毛の子供が上目遣いでこちらを見上げてくる。
「……あ」
 そして見渡せば、同じように数名が教会の椅子に腰を下ろしこちらを見つめていた。どの子供も同じように続きを読んでと生き生きとした目を向けてくる。だから、私は本を開き、その続きを視界に入れた。気付けば、また紫色の光が舞い始めていた。
 左手から空へと……私の身体から溢れだすかのように。


「……でした」
 本の内容は聞いたことも読んだこともない物語だった。何度も見直しても内容が変わることもない。子供たちに読み聞かせる中、そんなことを考えても無駄なのはわかっている。だけど、ハッピーエンドに向かわない双子の物語なんて、子供に悪影響しかないと思う。

 ――双子の天使の物語。

 一瞬、フランダースの犬が頭の中を過ぎった。天の迎えがやってきて、一匹の犬とその主人が天に帰る物語。可哀想な結末、でも本人たちはどこか幸せそうに見える話。
「……」
教会の奥を見てもシャルさんの姿は見えない。勉強を教えると言っていたから、授業でもしているのかもしれない。巻き毛の子供が私の服を掴むと、
「続きは……?」
 聞いている子供たちは無邪気な表情を向けてくるばかり。考えすぎなのかな……。
「えっと……」
 催促されるがままに続きを読み続ける。悪影響とは言っても結局受け取る本人次第、そう判断した。それにここの子供たちはこの本を読んで育っていくのかもしれない。
 日本人における桃太郎や一休さんのように……。
「そして……」
 物語はラストシーンに差し掛かる。双子の天使は互いの身体を抱きしめると眩しい光を放ち、天へと帰りました。一つの赤い光。それがいつまでも空に輝き続けるのでした。
「双子ちゃん幸せになったのかな……?」
私の膝に座っていた巻き毛の子供がそう問う。
「どうなのだろう」
  口に疑問を浮かべ考えてみる。物語は抱き合う天使の挿絵で幕を閉じている。ならば、少なくとも不幸ではないはずだと思うし、信じたい。私もバッドエンドは嫌だから、
「きっと幸せになったのかな」
 こういうのが正解だろう。
「うん……?」
 本を閉じるとそれが目に入った。何も意味を持たない裏表紙なはずなのに、釘付けられたみたいに視線を逸らすことができなかった。
黒い影が双子の天使の作り出す光に歩いているように見えた。その影を凝視しようとした私に、
「ふふ、そうだといいね」
 後ろから声が聞こえてきて、
「シャルさん……、この物語って?」
 感じていた当然の疑問を口にした。
「面白い話でしょ、天使の物語って」
当たり障りない答えが帰ってきた。だから、確信を得られるように、
「これって、もしかしてシャルさんの部屋にあった……」
 作った言葉は止められた。シャルさんが口元に手を近づけ、それ以上言わないでとサインを送ってきたから。もしかすると子供たちがいる中では何も言えないのかもしれない。だから、疑問を押し殺した。きっといつか聞ける時もあると思うから。
「ほら、本聞かせてもらったのだから挨拶するんだよ。それとご飯だからみんな準備を手伝って欲しいかな」
シャルさんは一言そう話すと、外に出ていった。
「ありがとう、お姉ちゃん」
 話を聞いていた子供たちが順番に言葉にしていく。そしてシャルさんの後を追うように次々に外へ出ていく。お礼を言われると、なんだかこそばゆい感じがする。
「……ん?」
 服の裾が引っ張られるのを感じ、顔を向けると。
「お姉ちゃんも行こっ?」
 本を読んでと話しかけてきた巻き毛の子供が見つめていた。
「そうだね」
 私は袖からその子供の手を取ると、導かれるがまま付いていった。頭の中で、どうしてこの物語がここにあるのか、そしてあの黒い影は一体何なのだろうと戸惑いを胸に秘めながら――。


 ご飯を食べた後、ゆっくり考えていた。それも誰もいなくなった教会の外で空を見上げながら……。この星空だけは、私のいる世界と同じに見えるからなんとなく安心できる。
「ふぅ……」
 頭の中に浮かんでくるのは、『どうしてこの世界に来たのか?』。そして『どうして私が魔法使いなのか?』ってこと。詳しい話を聞くにも、色々知っているはずのシャルさんは近くにいない。
 子供たちをシャルさんが引き連れてどこかへ行ってしまって、本を読んでとせがむ子供も誰一人とて残っていない。あれは……どちらかといえば、車椅子を押されるがままに連れて行かれたというべきなのかもしれない。あんな調子のシャルさんから、話を聞くわけにもたぶんいかない。

 ――何かを待っている、様子を見ているそんな調子に私は見えた。

「はぁ……」
 でもそのおかげでこうして、一人でゆっくりとできる時間をやっと手に入れることができた。誰からも襲われず、誰からも話しかけられない。いわば、病院暮らしだった時と変わらない時間。とはいっても、ここは知らない場所。今は普通であっても、ここは普通じゃない場所なのだから。
 唯一わかっていることは、ここが日本じゃなくて、おそらく過去だということ。
「青い……」
 私の前に広がるのは、見たことのない場所、見たことのある空。
 空をもし飛べたなら、私の知っている場所へ飛んでいけるかもしれない。
「飛ぶか……」
 あの時、シャルさんの魔法のおかげで飛んでいた。
「魔法……」
 その言葉のおかげか、寝る前に話してくれたことをふと思い出した。
 特に“魔法使い”って言葉にすごく違和感が湧いた。聞いたことがあるはずなのに何か違う印象がある。違和感なんてありえないと思うけど、頭の奥底で何かが封じてしまっている。そんな感じだった。私を襲った頭痛がなくなった分良いことなのか、悪いことなのかはわからない。
 今はわからないだけで、いつかはわかるかもしれない。シャルさんが言った通りに私も魔法使いであったから。その証拠に読めない文字はなくなった。子供たちが読んでと持ってくる本はどれも言語が違うはずなのに、確かな言葉で理解することができた。
 魔法の発動条件はわからないけど、発動した場合身体の主に左手部分から紫の光をわずかに放つことだけはわかっている。シャルさんも同じように赤い光を放ち魔法を使っていたから。
 あの光を見る限りでは、私も魔法使いなのだろう。光を放つ人間なんていないし……。
 子供たちはそういうのを目にして何も口にしない。ということは、子供たちも魔法使いなのかな? でもそうだとしたら、あの本が読めたりしないのだろうか? わからない。
「うーん、魔法使いの隠れ家……?」
 それと……、周りを警戒していると思われる甲冑兵士たち。彼らからも同じ光を見つけた。なぜかシャルさんと同じ赤い光を、僅かながら全身に常時纏っている。警戒しているからこそ、常時魔法を使えるようにしているのか、発動しているのかはわからない。魔法の光を放っているということは、もしかすると彼らもまた魔法使いなのかもしれない。
「あっ……」
 そんなことを考えていると、その甲冑兵士の一人が近づいてくるのが見えた。少し恐怖を感じるけど、自分を襲った甲冑兵士とは違うのだと落ち着かせて、
「ど、どうかしたのですか」
 と尋ねた。理由もなく近づくこともないはずだし……。
「……」
 甲冑兵士が私の目の前で静止した。こちらを見ているのだろうか……? 兜によって覆われた頭ではよくわからない。それに兜の中を隠すかのように黒いもやが赤い光とは別にあったから、余計に見えない。突如として甲冑兵士が動き、
「えっ――」
 兜を取ると、そこに人の顔がなくて、黒い影が人間の頭がある部分を構成していたのが見えた。竜巻のような黒い流れが作り出していた。
「ひぃ……! ひ、人じゃな、ない!?」
 後退り、腰が引き始めた私を、
「大丈夫です。何もしませんから。そうですね、こんなおかしな身体ではありますから、人間ではありません。もうだいぶ前に死んだ存在がわたしです」
 篭った男の低い声がした。後退る私を心配するように、大きく手を動かし敵意がないとアピールしてくる。だからじゃないけど、
「あぅ……」
 一度深呼吸して落ち着かせると、甲冑兵士の言葉を聞こうと思った。少なくともシャルさんの近くにいる甲冑兵士だからと自分を納得させ、甲冑兵士の言葉に耳を傾ける。
「驚かすつもりはありませんでした。そうですね……、自分の性別はどちらかと思いますか?」
 何をいきなり言い始めたのだろう? と思う。突如として接近してきて、その問いはよくわからない。でも聞かれた以上、答えないといけないって思って、
「え、えっと、男性ですか?」
 素直に答えた。声質はどう考えても男の人、そして身長も高いから。
「うふふ、違いますよ」
 笑い声が甲冑兵士から漏れた。黒いもやのどこから声が出ているのかはわからない。これも魔法の一部なのだろうか……?
「では、女性なのですか?」
 とてもそう見えない。人間の頭に当たる部分は黒い煙。それも依然として風にゆらゆらと揺れている。他にも鎧の隙間から同じように黒い煙が立ち込めていた。それはタバコの煙とは違い、外に行く事を抑えられている感じで。いわば結界のように赤い光が壁のように防いでいた。
 だからとてもじゃないけど、やっぱり人間に見えない。これが何かの標準なのかな?
「そうです」
「ご、ごめんなさい」
 条件反射で言葉が出てしまう。
「別に構いませんよ。この姿ではもはや性別なんて関係ありませんしね。あったとしてもあの娘の判断、意志全てを無駄にしかねないことになりますから。わたしたちはそんなことをあの娘に求めたりしませんし、無理強いはさせません」
「で、では、あなた、たちは何なのですか?」
「シャルの魔法といえば、あなたにはわかるのではないでしょうか?」
「シャルさんの……魔法?」
 確かにシャルさんと同じ魔法の光を甲冑兵士は放っている。だとすると、この敷地内にいる全ての甲冑兵士がシャルさんの魔法だと……いうの? 思わず、頭の部分の黒い煙を凝視してしまう。やっぱり――目も口も、鼻すらない。
「わたしたちはあの娘によって生かされている人間です。年齢はそうですね、あなたとほぼ同じです。だからじゃないですが、期待しているのです。人間であり、魔法使いでもあるあなたを」
 甲冑兵士がゆっくりと兜を身につける。私の視線を感じたのかもしれない。
「期待です……か?」
「叶うなら、シャルの手助けをして欲しいのです」
「手助けですか……? どういうことですか?」
 私の困惑を無視するかのように、一礼すると甲冑兵士が兜を身につけ離れていった。
「何を助けるというのだろうか……」
 魔法だってよくわからない。この世界だってよくわかない。そんな私に一体何ができるというのか。そんな考えを吹き飛ばすかのように、
「お姉ちゃーん!」
 とどこからか子供の声が聞こえた。それもとても楽しそうな声で――誰かを呼ぶ声が。
「……?」
 周囲に目を配ると、その姿を簡単に発見できた。笑顔で門の方から走ってくる子供の姿を。
たったそれだけのことなら何も問題なかった。本を読んでと、またせがまれるものだと思うから。だけどその考えをあざ笑うかのように、
「あれは……?」
 子供は両手で何かを大事そうにしていた。落ちないように気をつけながらこちらへと向かってくる。視線に気がついた子供がその大事そうなものを掲げた。どうやらそれが目的のよう。
横目でさっきまで近くにいた甲冑兵士に視線を送ってみれば、
「……?」
 甲冑兵士もまた私と同じように困惑している様子。全く子供だからしようがないなぁとでも思っているのかもしれない。だから気に留めることもないだろうと思っていた。
「っ……!?」
 でもその考えを否定するかのようにして頭痛が襲い、
「あの子が危ない――!」
 私の身体はわからない違和感に満たされはじめ……、全身が粟立っていくようだった。それがなぜなのかはわからない。何も変哲のないことであるはずなのに、おかしさだけが脳内にうずまいていく。動け、走れと誰かの声さえ聞こえる。
「なっ――」
 違和感はすぐ現実になった。少女が走るすぐ後ろから黒い煙が迫り、漆黒の甲冑兵士の姿と変化しようとしていたから。そしてその煙から、銀色に光る刃物が見える頃には、
「危ないっ!」
 私の身体は考える前に動いていた。脳からの信号ではなくて、誰かに操られるかのように身体が動いていく。混乱してもただ走った。それは違和感が確信へ変わったからなのかはわからない。
 混乱を忘れるようにして、誰かの指示通り動く。この指示通りに動けば、子供が助かる。そんな気配があったから。
「っ――」
 全速力で子供の元へと駆け寄ると、その身体を引っ張り、甲冑兵士へとそのまま投げ、低姿勢を取る。子供の驚いた声をバックに、着々と黒い甲冑兵士が煙を纏いながら、こちらへ迫ってくるのがわかる。
 それを確認しながら、しゃがみ込み何かを念じるかのように私の右手が左手を抑える。いわゆる力を込めるように。
「あっ……!」
 紫の光が今まで見た中で一層輝きを放つ。わからないはずの魔法が、私の意思とは関係なく発動しようとしていた。感覚に支配されるままに、
「ぅ……!」
 深呼吸すると、そこには丸い物体が生まれていた。
 それは夢の中で見た防具だった。
 夢の中で見た私の姿をした人間が同じ物を身に着けていた灰色の盾。それが私の左手に装着されていた。その重さが確かに私の左腕から感じる。ここに確かに存在する。
 驚く暇もなく私は右手をその盾に差し込んだ。盾にぶつかるという衝動はなく、私の右手は消滅していた。それは盾から生まれた紫の煙、魔法光に飲まれていたから。
 金属音が一段と大きく聞こえ、甲冑兵士の接近を許す結果となったが、
「これで……!」
 恐怖は感じなかった。こうするのが当たり前で、こうやって、
「……!」
 
 ――銃を手にするのが普通のことだから!

「っ――」
 私の想像通りの銃が姿をあらわにした。これなら……!
「こ、これで――」
 出現した巨大な銃を構える。私の身長の、半分程度の大きな銃。確か、携行対戦車弾と呼ばれるもの。
 正確には銃というより大砲のようなもの。
 この銃がなぜ出現したか、なぜ使い方や仕組みがわかるのかなんて考えるよりも、甲冑兵士が接近するのが見えるのが先だった。距離にして五メートルくらいまでに接近していた。
 だから、瞬時にサイトを覗き、黒い甲冑兵士へとあわせる。どこを狙えばいいのか、どうすればいいのか考えるまでもなく、感覚が指示を伝えてくる。迷うことなく私はその感覚に従い、
「っ――」
 トリガーを絞ると、撃ったことも触ったこともないはずなのに、懐かしい感触が私の身体を振動する。
「あっ……!」
 砲撃による聞き慣れた音が一度だけして、発射された弾丸が目標へと飛んでいく。着弾すると爆音と共にすぐに爆砕した。やった……の?
「はぁはぁはぁ……」
 迫りつつあった鎧の金属音は聞こえなくなった。その代わりに赤い炎がその場所を彩っていた。
「ほむら……?」
 振り返れば、驚いた表情をしたシャルさんがこちらを見ていた。息を乱しているのか肩が上下に激しく動いている。急いで駆けつけたのかもしれない。全く驚いているのは私の方なのに、どうしてだか私はすごく落ちついていられた。
「……大丈夫、敵は倒したから」
 その声に反応するようにシャルさんは頷く。風によって、ちょうど勉強でもしていたのか手にあった紙切れが揺れた。
 甲冑兵士が敵だったのかはわからない。感覚で動いてしまったから。
「っ!? あ、あれは……」
 一人の少女が見えた。門のずっと奥の瓦礫の上に座り、こちらを見ている様子だった。それも膝の上に白いネコをのせて。どこかシャルさんに似ている雰囲気が――、
「どうかしたの……かな?」
 いつのまにか隣へと移動したシャルさんを横目に見て、もう一度前を向けば少女のその姿は跡形もなく消えていた。
「……ううん、何でもない」
 同じ方向をシャルさんが見るが首を傾げていた。私の見間違いなのかもしれない。シャルさんには見えないのだから、きっと気のせい。私は……幻を見ていたんだと。
「あれ――」
 立ち上がろうとした私は、重力に逆らうことができずそのまま地面へと座り込んでしまって。
「立てない……」
 力を入れてもうんともすんともしない。腰が抜けたのかもしれない。恥ずかしさで赤面していくのを感じる。そんな私を、
「あははは、よく見てみなよ。ほむら」
 楽しそうに見つめるシャルさんが指差す。その視線の先は私の左手にあった。
「盾……?」
「そうだね、それがほむらの魔法。その反動でそうなってしまったんだよ。魔法はエネルギーを消費するんだよ。走ったら、疲れちゃうしお腹が空くよね? それと同じなんだよ」
「魔法の反動……? でも……」
 シャルさんはこんな風にはなっていないよね? それどころか疲れる様子もないよね……?
「ボクは違うから――」
 言葉は続き、
「ついてきてご覧」
 シャルさんは車椅子を回転させると、どこかへと進ませようとしていた。
「ま、待って!」
 やっとのことで立てるようになった私はシャルさんの後をゆっくりと歩いて行く。その間にシャルさんは、子供たちに『教会に入っていなさい』、甲冑兵士に『警戒を怠るな』と指示を出していた。
「よっとっ」
 そんな中すぐにシャルさんは停止した。教会の入り口前にある女神像の近くで。
「これが魔法の力の源、願ってごらん」
 私に目の前を譲るように車椅子を操作すると、さぁとシャルさんが目配りした。
 願うってことは、お祈りを捧げばいいのだろうか? シャルさんに言われるがまま膝をつき、女神像に願うよう両手を握り、目を閉じると、不思議と身体が軽くなっていく気がした。神の力……? 魔法はお祈りすると回復するものなの?
「どうやら、あなたはそれで魔力がわかるみたいね」
 横にいるシャルさんが指差すのは、また私の左手だった。
「なに……これ……?」
 盾の存在には気付いたけど、その先にあるものには目がいっていなかった。そこには菱形の紫色の宝石が埋め込まれていた。
「ん……?」
 触ってみると、すぐに外れた。そしてだんだんと濁った状態が綺麗になっていくように見えた。
「魔法使いの魔法使用限界は、そうやって魔法の元を綺麗にしないといけないんだよ。少なくともボクはそれを確認できないけどね。まぁボクの場合は違った方法で今はわかるんだけどね」
 今は……? 特訓とかしたからできるようになったってことなの?
「ほむらの魔法使いとしての衣装はそういう服みたいだね。それにあの宝石がそんな変化をするとはね。あぁ、ボクの鈴はちなみにこの服の中に入っちゃうから、自分だと見れないんだよ」
「私は……、えっ――」
 
 ――全く気付かなかった。
 
 今まで何も感じなかったのがおかしいくらいに、確かに私の服装は変化していた。てっきり盾だけだと思っていたけど、実際には宝石の形、服まで変わっているとは思いもしなかった。
「光が……」
 紫色の濁った光が女神像に吸い込まれていくのが見える。
 これがシャルさんのいう綺麗にするということなのだろうか? 魔法の元といったけど、これが完全に濁りきってしまったら、どうなってしまうのだろうか? 
 知っているような、知らないような恐怖に近い何かが、鳥肌として私に現れてきそうな気がした。だから、きっといけないことなのだろう。
 それにこの光は何だかシャルさんにも伸びているようにも見え、
「えっ……、人形……?」
 あの時見た人形の顔が一瞬シャルさんの顔とかぶったかのようにも見えた。同じ存在じゃないはずの二つが重なることなんてありえない。親子とかなら話はわかるけど。人形と人間が顔なんて……。
「どうかしたの?」
「な、なんでもない」
 頭を振ると勘違いだと言葉を遮る。さっきもおかしな状況を見た。たぶん疲れているのだろう。
 不思議なことばかりが続いている。
 二人目のシャルさんなんているはずもなく、人形に似ているシャルさんがいるはずもない。
 だから、笑いごまかす。
「気のせいだから、気にしないでください」
「そうだ、お礼を言っていなかったね。ありがとう」
 シャルさんの綺麗な笑顔に、
「べ、別に私は……」
 ちょっと戸惑いつつ答え、立ち上がると確かに体力が回復している感じがした。
 あの時……違和感がしたから、今の状況になっているけど。もしもあれがなかったら、どうなっていたのか。私にはわからないし、わかりたくもなかった。
 
 結局、状況に流されるだけで何もわからないままだった。
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