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R.U.K.A.R.I.R.I | 魔法少女まどか☆マギカ[新編] 『叛逆の物語』 感想・考察3(ネタバレ含
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2015.06.15
madokashin.jpg


全てを知っているのは、虚淵氏、そしてシャフトスタッフ。
設定が完全に公開される機会ははたして訪れるのだろうか?

劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [新編]叛逆の物語 公式ガイドブック only you.
これが、本当にガイドブックとなるか否かで、この作品の良し悪しが決まるような気がします。

結局のところ、この本はガイドブック(笑)というぐらいの内容でした。
フォトブック、イラストブックと名前を変更したほうがいい。
そういうイラスト関係を見たい人は購入してもいいと思われます。設定とか気になっちゃう系の人は買わないほうが健全かもしれないです



はじめに書いておきますが、
私は魔法少女まどか☆マギカ大好きですよ!
ファンの一人であります。
ゲームはもちろんのこと、原作(BD)、劇場版全部買ってます。フィギュアもほむら、アルティメットまどかと買っています。
魔法少女まどか☆マギカ プロダクションノート、魔法少女まどか☆マギカ公式ガイドブック you are not alone. も買っています。
ちょっと置き場所がないので、KEY ANIMATION NOTEは買っていません。
あとお高いのでちょっと厳しいという現実です。

なぜこんなことを最初に書きこんだのかというと、アンチめいた発言も中には入っているからです。
こいつ、アンチだろと思われかねないからです。
好きだからの愛です!(叛逆的に


ネタバレされても大丈夫だったと思う。
が、それは人によってまちまちなので、一概に言えないです。

映画を見ようとしている人に私がいいたい言葉は、

今一度、自分の中で友情とはなんなのか、愛情とはなんなのかを考えて欲しい。
隣に座っていた方は誰ですか? 知り合いですか?
それとも知らない人ですか? 


です。

それと新編のパンフレットは、ネタバレを含むからということも当然ありますが、
映画を見終わった後でも個人的に見ないことをおすすめします

その理由はネタバレ部分のところに書いておきます。

考察ごとは、基本的にストーリーに関してだけのものになることをご了承ください。
それとここに書かれた文章はあくまでも私の妄想、感想ですので、
その部分もご了承ください。
あと若干気持ち悪いことを羅列していますので、そういうことを嫌悪する方は閲覧しないほうがいいかと思われます。


また、映画(叛逆の物語)以外を考察した記事も機会があれば、目に入れて頂ければ幸いです。
新編前にかんがえていた考察事1
魔法少女まどか☆マギカについての考察事2

下記から、ネタバレと考察です。




20150615 更新 いくつか見やすくなるようレイアウトを変えました(参考になるサイトさんを末尾、疑問点を上部)
20150301 更新 いくつか追記しました(いつか読みにくい部分を直したい
20140406 更新 BD版を見ていくつか、言葉の追加、疑問点に追記をしました
20131222 更新 疑問5に考察6を追加しました。
20131117 更新 オークションにあるフィルム画像を使って、一部画像追加しました
20131112 更新 見直してきましたので一部変更しています(青色の部分が主に修正した部分です
20131110 更新 映画もう少ししたら再度見てきます。
20131107 更新 いくつか画像追加しました。
20131101 更新 
20131031 更新 また映画見直したら、更新します(新しい発見もあるはず。




考察ごと、ネタバレごとに入る前に、まずこの物語の疑問点についてまとめていきます。
こちらを念頭に置きながら、考察、あるいはネタバレ内容を読んでいただけると、わかりやすいと(思います






疑問点1

まずどうして、あの状況になっていたのか?(見滝原が荒れ地というか、地球が滅んでる?)
hom18.jpg
一回しか見ていないので、聞き取れなかったのかもしれませんが、
世界が滅びて、ほむら他数名だけの世界になったようにしか見えませんでした。

演出か何なのかは知りませんが、パンフレットの設定を見ると『遮断フィールドと観測機械』の部分に見滝原とあります。
そうなると……『地球は滅んでしまった』という考えが浮かんできます。

インキュベーターが戦争をしかけにきた宇宙戦争……そんなものがあったのか、
魔獣にほぼ全員やられてしまったのか。
そもそも、あそこは地球ですらなかったのか。
そこだけ、何回見てもわかりません。

となると、ほむら以外も生きている事実もあやふやになります。
魔法少女だけが生き残っているのならいいのですが、上条や仁美、まどかの家族、先生だけが遮断フィールドから出てきたのは謎です。
世界(見滝原)が全て圧縮されていたとするなら、もっと大勢の人が出てもおかしくない。
普通の人間があのような幻想空間(衣食住がかけてるような場所)で生活できるとは到底思えない。

遮断フィールドには巧妙な「調整」が施されており、外側からの干渉は遮断するが、内側からは干渉できる仕組みになっていた。すなわち、内部のほむらが望んだ、まどかをはじめとする一部の者たちだけはフィールドを通過して結界の中に招き入れられ、記憶を捏造されて、偽りの見滝原で活動していたのである。



中はわかるけど、外がわからない。
ここはやらかした感あると思うんですよね。

内部のほむらが望んだ、まどかをはじめとする一部の者たち以外はどうなったのか?

続きを書きたい云々のスタッフの話なんて糞食らえです。
ほむらがどうしてあぁいう最後になってしまったのかは、
そういう娘だとすれば理解できるんですが……。
あの捕まった状況にどうして陥ったのかがわかりません。

と愚痴をこぼしてもあれなので、この疑問についての考察に入ります。

考察1
ほむらは最初から悪魔化する未来を計算していた。

まどかの本音を聞くまでもなく、全て演技。
あの映画すら茶番だったというわけです。
そうすると、どうしてあの状況になっているのかの説明はつきます。
だって、インキュベーターに実験材料にされても最終的に、
愛の力で封じ込めようと思っていたのですから。

考察2
魔獣によって、滅ぼされた中でもほむらたちだけは戦っていた(まどかにとって大切な人だけは守っていた)

これは考察しても資料がない気がします。
ここは再度見た時に、じっくりと探そうと思います。

再度見て、これについてはある種結論のようなものが出ました。
『OPの最後がまさにその状況を説明している』ということです。
つまり、一人ぼっちでずっとほむらは戦っていたということです。
最後の一人、というか三人の魔法少女になったという意味です。
ですが、そうするとまぁ、円環の理でアルティメットまどかがやってきた時の矛盾が生まれるのです。
魔法少女でない、他の普通の人間(まどかの側にいた人)が周りにいるのです。


(結論じゃないじゃないか

そのため、
考察3
魔獣によって、地球にいる存在はほとんど滅ぼされた。
その中の生き残りが円環の理(アルティメットまどかが迎えに来た)の時に、
周りで寝ていたメンバー(上条恭介、志筑仁美、早乙女和子、鹿目詢子、鹿目知久、鹿目タツヤ)であり、
他の人類というか生物は死んでいるということ。
そう考えると、『独りぼっちは寂しい』って感情が強くなっていくのかもしれません。

元々ほむらは群れをなすということはせず、一人で戦っていました。
TV版、前後編の最後もインキュベーターと一人で話しています。
そのため、マミたちと直接的に手を組んでいなかった可能性はあります(戦ってはいるけど、一緒にというのがほとんどない)
hom09.jpg

何度見直してもこればっかりは、資料がでない限り仮説しか出ませんね。



疑問点2

まどかはほむらの最後に取る行動に気づいていたのか、いないのか。

まぁ……まどかは驚きの声を出してたので、おそらく気づいてなかったと思われます。
『受け入れよ』『はい』なら、いいんですけど……、
almado05.jpg
『受け入れよ』『えっ!? どうして!?』に思えたので、状況的にも気づいていないとしか思えない。

それこそ、まどかが概念になったのであれば、理解していたとしてもおかしくはない……のですが、
この結果はほむらにとっての救いでも、まどかにとっての救いでもありません。

私だけのまどか。
偶像化された神様『鹿目まどか』
おそらく、ほむらの心情はそういうものです。

話は戻りまして、
あのラスト(12話、後編の円環の理になる付近)アルティメットまどかになった時にほむらのことを思い出した(理解した)ように感じましたが、どうだったんでしょうかね?

「私だってママのことパパのこと、大好きだから。どんなに大切にしてもらってるか知ってるから。自分を粗末にしちゃいけないの、わかる」
「さやかちゃんが祈ったことも、そのためにがんばってきたことも、とっても大切で、絶対、無意味じゃなかったと思うの」



自分を粗末にしてしまったのが、アルティメットまどかではありますが、それを更に粗末にするのが悪魔ほむら。
二度に渡り、まどか母親がいう間違いをするのでしょうか?
最初で最後の間違いだからこその、アルティメットまどかじゃないのかと個人的には思います。



それとまどかがさやかを迎えに来るシーンですが、うーん。
まどかがほむらのやることを理解しているなら、さやかちゃん失恋しなよってことでしょうか?
まどかもほむらと同様に、インキュベーターによって歪められた人だったのかな。
ってか、ひどい友だちですね……。
失恋させられた挙句、二人がくっついたのをただ見ていることしかできないようにするなんて。
まぁ、二人が別れる可能性もあるかもしれませんがね!

これがまどかのできる精一杯のさやかへの想いだったのでしょう。
再び生を受けたさやかが、恭介、仁美と会話をするためにそうせざるを得なかった。



「今の私にはね、過去と未来の全てが見えるの。かつてあった宇宙も、いつかあり得るかもしれない宇宙も、みんな」
「だからね、全部わかったよ。いくつもの時間で、ほむらちゃんが、私のためにがんばってくれたこと、何もかも」
「何度も泣いて、傷だらけになりながら、それでも私のために」
「ずっと気づけなくてごめん…ごめんね」
「今の私になったから、本当のあなたを知ることができた。私には、こんなにも大切な友達がいてくれたんだって。だから嬉しいよ」
「ほむらちゃん、ありがとう」
「あなたは私の、最高の友達だったんだね」




ほむらと、まどかの円環の理になる前の会話ですが、この言葉って、実は皮肉……だったとか?
閉じ込めんなよ、最悪だよとか?

アルティメットまどかの概念の力は、そういう意味じゃ考察が難しいですね。


幸せの時間をまた、ありがとうって意味も実はどこかにあるのかもしれません。






疑問点3

インキュベーターの力とはなんぞや。


まぁ魔女化、円環の理の解析行動自体は失敗に終わるわけですが、
魔女化できるってことを実現可能にする可能性はあったわけです。
そもそもインキュベーターの力がどれだけ凄いのかがわかりません。
それと同様にほむらのインキュベーターを束縛する力の強さも不明。
そもそもインキュベーターって、使者って話だったような。
(設定は変わるものです。

解釈次第では、
いずれインキュベーターは悪魔ほむら遮断フィールドを作ることも可能であるということです。
ほむらの力は、神さまであるアルティメットまどかを完全に制御できていないことから、
インキュベーター(宇宙人)も完全に制御できないように考えることも出来ます。
そこを公式でもう少し解説してほしい。
どこまでインキュベーターは万能なのか、違うのか。

わからない。

結局インキュベーターの思惑通りに進んだのならば、神さまでもどうすることも出来ない存在ってことですよ。
それこそ……某作品の言葉を借りるのならば、『存在しているなら、全てコントロールできる』になってしまう。
ということになると、そもそもまどかが何をしようとも、ほむらが何をしようとも、全て無意味。
インキュベーターが全てってことになってしまいます。
qb02.jpg

インキュベーターを強いものと仮定すると、努力が無駄になる。
かといって、弱いものとするとまどマギ自体の話のレベルが落ちる気がする。






疑問点4

後編(12話)ラストのまどかの台詞、


「がんばって」

は、何を意味していたのか。

ほむらの幻聴……?
実際、『侵食する黒き翼』がどうして出てきたのか疑問に思わないわけがなかったわけで、
その力が、例の悪魔化によるものだとするならば、
ほむらと、他の魔法少女たちの最終決戦は終わり、魔獣を狩るだけの存在になったということになるのでしょうか。
一緒にいないけど、まどかがほむらに言葉をかけたのは、会えば戦ってしまうから……?
仮面ライダー剣ですか?



普通に考えれば、捕まる前に魔獣と戦ってたことを『応援』してたのだと思われます。




疑問点5

ほむらがアルティメットまどかの力(記憶、人間部分だけ)を奪えた理由。
愛は、なしで。

hom16.jpg

この叛逆の物語で、1,2番の疑問点であろう出来事です。

考察1


ほむら悪魔化の理屈
魔法少女の魂(希望)が穢れ(呪い)を溜め込むと、魂の形が変化して魔女(絶望)になる。
通常、「希望」から生まれた魔法少女にとって、「絶望」につながる穢れはマイナス要素だ。
ところが、ほむらにとってはSGが濁ることは、むしろまどかとの再会が近づくプラス要素。
SGが濁りきる魔女化は、ほむらにとって絶望どころか、まどかとの再会すなわち「希望そのもの」なのだ。
希望から生まれるのが、魔法少女。
絶望から生まれるのが、魔女。
では、魔女に「堕落する」こと自体が希望となったほむらは、何者なのか?
そんなものは、魔法少女の概念に収まらない。魔女ですらない。
これまでの法則に縛られない、新しい存在。



この説を書いた人の意見がまず1つです。
デビルウーマンほむら。
天国のまどか、地獄のほむらというところでしょうか。

考察2
因果律そのものを創りだしたのは、ほむら自身。
アルティメットまどかを作ったのは、ほむら自身。
つまりは、まどかとほむらは別人ですが、概念的にリンクしている。
干渉できる存在であったということ

考察3
因果律そのものを創りだしたのは、ほむら自身。
アルティメットまどかを作ったのは、ほむら自身。
まどかとは違い魔法少女の奇跡は起こせないけど、
因果律の力はほむらの奥底にもあった。
いわゆる、内面的ではアルティメットほむらだったということ。

考察4
考察1を考えた方の言葉の逆になるのですが、
本当の意味で、『暁美ほむら』が魔女になったということです。
救済の魔女(概念)がまどかとするならば、破滅の魔女(概念)がほむらということです。
ここはまた『アルティメットまどかを魔女』としてみるのかどうかで、考え方は変わるかと思います。
そもそもアルティメットまどかは消滅する時に救済にきていることもあり、死神に近い存在です。
もしかすると、『救済の概念』という魔女になっているのかもしれません。
と、アルティメットまどかについてはこの疑問点からそれてしまうので、ここで一旦戻します。

つまり、キュゥべぇが確かめたかった存在。
希望から魔女化した、いわば新しい魔女『欲望の概念』になった。
それが可能だった理由は、考察3と解釈します。
というわけで、一番可能性が高いのは、考察3を含む『考察4』な気が私の中ではします。


考察4の補足として
もう1度観ようか迷っているアナタのための新編『まど☆マギ』論!

その中で頻出するのが、彼岸花のイメージ。「彼岸」、仏教用語で言うところの、悟りを開いた先に到達する「向こう岸」である。

テレビシリーズ『まど☆マギ』に於ける、インキュベイターの目的は「エントロピー増大の克服」であり、その為に設けられたのが「魔法少女」から「魔女」に至る、質量保存の法則を越えてエネルギーを取り出すシステムだが、最終話でそのサイクルを無効にしたのが新たなる創世主たる、まどかだった。まどかは、仏教で言うところのカルマを断ち切り、魔法少女の魂を彼岸/浄土へと運んだ。


という記事もあり、やはりというか真実の意味でほむらは『魔女』になったのでは……? と私は解釈します。
そういう存在に暁美ほむらは至ったと考えるのが妥当な思考だと思われます。

真実の意味で、『彼岸の魔女ホムリリィ(Homulilly)』になったのだというのが、
限りなく正解に近いのではないだろうかと私は解釈します。

元の名前「ほむら」と「百合」、または「此岸」の反対「彼岸」から
「彼岸花(Spider lily)」をもじったものだと思われている。



さて、ここで再びアルティメットまどかが魔女であるという話を考えてみましょう。

almado04.jpg

鹿目まどかはアルティメットまどかではあるが、
救済の魔女クリームヒルト・グレートヒェン(Kriemhild Gretchen)

その性質は慈悲。この星の全ての生命を強制的に吸い上げ彼女の作った新しい天国(結界)へと導いていく。
この魔女を倒したくば世界中の不幸を取り除く以外に方法は無い。 もし世界中から悲しみがなくなれば魔女はここが天国であると錯覚するだろう。


性質は、魔女に近い。

概念と魔女の違いは、『意識があるかないかの違い』、もしくは『人の姿を保てる』ことなのでしょうか……?

考察5
ほむらの世界改変は「魔女化したほむらが自分自身(グリーフシード)の中に
展開した魔女結界に宇宙全体を取り込んだものではないか」説

詳細はリンクより確認して下さい。
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私に想像つかない考察ごとでした。その発想はなるほどと、着眼点を変えてみるとはこういうことを言うのでしょうね。
『愛』については、千差万別。
人それぞれ解釈が違ってくるものですね。

公式が設定資料出してくれないことには答えは出せそうにはなさそうですね……。







疑問点6

友だちって何ですか? 恋人って何ですか?

つまり、愛の部分(デビル化した部分
まどかのために円環の理の秘密を知らせないようにするってところまでは理解できますけど……。

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本音が聞けたからって、普通あんなことしますか?
『仮に自分自身がほむらだったら、同じことをしますか?』
アルティメットまどかに、嫌だった本音があろうとなろうとしたのはまどかです。
その思いをも踏みにじるのが友情ですか? 愛ですか?
ほむらがもう壊れてて、ある種の境地に達したというのことですか。
それなら、しようがないですね。でも、それは成長なんてものじゃない。
暁美ほむらが、デビルほむらの仮面をかぶっただけです。
さやかが劇中でいうように、自分の世界に浸っているだけです。

魔女の結界内における記憶の捏造は、ほむら自身とまどかにまで影響していたからである。


そもそもあれもほむらの捏造である可能性があります。
『あなたは鹿目まどかよ』と涙しますが……ねぇ?

ですが、あの花畑のシーンは真実です。
総監督が『神様になった記憶を置いてきた本物まどかなんです。決して偽物やつくりものじゃないんですね。花畑のまどかの台詞は、まどかの本心なんです』
って、答えています。

何か都合が良すぎるなぁってのが素直な気持ちです。
だって、総監督がいうんだから何も間違いはないんでしょ?
インタビューに答えてしまったがために、何だかあれが返って不気味に見えてきます。
聞きたかったまどかの言葉を、聞きたいほむらが聞いた。
これって、自分の作りたい世界そのものに近いですよね。
でも、本当のまどか。本物のまどか。
この本物のまどかってのも、どういう意味での鹿目まどかなのかさっぱりですね。

madohom02.jpg

物語って……そうですね、極論いえば都合のいい展開は当たり前で普通なんですけど。
「……うーん」って感じですね。
ここの場面こそ、『視聴者たちの解釈にお任せします』で良かったんじゃないのかなぁって、私は解釈しますよ。

『最初に観たときはセンチメンタルなシーンに見えてしまうけど、あのシーンからあとのほむらの行動を考えてもらえると、
ほむらの感情がストレートに感じられると思います』

デビル化した感情は未だにわかりません。総監督どの……。

ほむらって少女については、前述に書きたいだけ書いたのでここに書くことはないです。
hom12.jpg

追記事項
最近感じたことですが、
ほむらは、まどかに負い目を感じているわけです。
3週目、自分を救って欲しいと願うまどか
最終目、まどかが望んだ世界(魔法少女が悲しまない世界)
つまり、花畑のまどかというのは、その概念が全くないということ。
そんなまどかは、「私だけが誰にも会えなくなるほど遠くに一人で行っちゃうなんて、そんなことありっこないよ」という。
そこで再認識させられてしまうのです。
因果律を歪めた事実、そしてまどかに力を与えて実行させたという絶望。
それがほむらの絶望なのですが、難しいものでアルティメットまどかもまどかであり、救済されれば再会できるわけですが、
あのまどかは、崇拝する本物のまどかではないんでしょうね(おそらく
でなければ、魔女になれるはずがない。
そんな簡単に魔女になれないです(とはいえ、そこはインキュベーターがなにかをしたのかもしれない)

叛逆の物語とは、そういう意味で言えば、ほむらの我が儘な物語。
そのための叛逆ということです。


考察して、あくまでも円環の理が吸収されることが仮に良かったこととしましょう。
まどかの幸せな世界を作れたとしてね。
でも、そうすると、問題があるのです。
だって、問題が何もなければ、さやかは怒る必要がないし、まどかは円環の理に戻ろうとしないはずなのです。
だから、何かが良くないことが円環の理にとっては、あるはずなのです。

その何かについては、検討もつかないです。







疑問点7

総監督のインタビューにあるのですが、
「『スピンオフ』や『過去の物語』は我々とは違う作りてが二次創作としてつくればいいんじゃないかと思うんです~その隙間を我々が閉じる必要はないかなと思っていました。むしろ、より作品の輪を広げるためにも~」

疑問が疑問になるきがするんですが、それは……。
おこですね、ここ!
公認したのはいいけど、何か違う気がする。
そもそも隙間が多すぎて不明点多すぎだし、広がるに広がって収集つかないんじゃないの?
解釈次第って話ですが、もう何でもありじゃないですか……ね?
全てが疑問でもおかしくない。

※下記は個人的な願望
登場した魔女化してしまった魔法少女たちの話を最低でもすべきであると思います(スピンオフとかでもいいのですが
いつどこで誰が魔女になったのか。
そうしないと、なぎさがいつの時代の人間なのかわからない。
その頃にチーズというのは存在してるのかとか、気になったりするでしょ。






疑問点8

べべ(百江なぎさ)の必要性。


マミと戦い合うシーン(勘違いによる戦闘)がありますが、あれはなぎさがいなければ必要ないですよね?
ナイトメアの悪夢を食べ物にして喰う役目はありました。
それって、言ってみちゃえばさやかでもできるってことですよね。
存在(円環の理の一部)としては、同じわけなんですし。
うーん。
まぁ、これは可愛いから許しましょう!(震え声
それに絶妙なアンバランス差がないわけじゃない。
いてもいなくてもいいというアンバランス(虚淵氏の力の威力か!

ってか、なぎさは得に得してますよね。
いつ魔女になったのかは知りませんが、復活したのですから(疑問点7)
それが100年前なのか、1000年前なのか。
製作者しかしらないのだから、なんともいえません。
そこをファン任せ……? 図々しいですね。
ひょっとして、自分たちで作れないことを押し付けていたりしませんか?
真実は闇の中って感じです。言わないってことは、そういうことですもの。
疑問点7でのおこはそういうこともあるためです。
『マジョマン コ カマンベール!』
nagisa04.jpg






疑問点9

インキュベーターの目の色。

最後に曇っているように思わせるように、たびたびインキュベーターの目をアップしています。
演出っていうんでしょうが、くどいです。
いろんな解釈? だからなんなのって話だと思います。
解釈するにはまず、他の場所の証明(謎の解説)をしない限り無意味です。

それととある人の感想を聞いて、確かにって思ったのは、
インキュベーターのやつれた姿です。
インキュベーターといえば、ほむらに銃で殺されたりしていたわけですが、
どうすれば、あんなに毛並みがぼろぼろになるのかです。

解釈をするならば、直接ほむらが何か手を下したとしか思えない状況だということらしい。
引きずったり、蹴飛ばしたりと、死なない程度に攻撃。
虐待。まぁ、わかりやすくいえば、いじめていた状況であぁなった。

どうしてそうしてたかといえばその理由としては、
考察1
感情の種を埋め込んでやっと開花しはじめた。

考察2
インキュベーターってものを悪魔の力で探っていた。

そうした理由としては、まどかの記憶と、力を奪うことによってインキュベーターって使者の力を知って、
ようはインキュベーターのことを理解した(しようとした)上で改造し始めたということです。






疑問点10

変身シーンが意図するもの
kyouko00.jpgmami02.jpg

これもまぁとある方がネタバレ全部知った上で、見に行ってくれたことによって、発見してくれたことなのですが。
変身シーンってのが、既にもう偽りの世界を示していたというものです。
あの変身シーンは、暁美ほむらが『他の仲間に対する脳内イメージ』ということです。
マミ、杏子、さやかは何か一部おかしなところが演出があります。
(あっ、その一部ってのはブレイクダンスのところじゃないので……
ですが、ほむら、まどかにはない、とのこと。

映画見なおすときに、じっくり見ようと思います。

見直しましたが、ダンスに目がいって!
ここはBD出た時に、もう一回じっくり見ますかね……。






疑問点11

劇場版(TV版)と、新編の矛盾点?のようなもの

疑問点にもいくつか入っていますが、インキュベーターの力の強さや、
アルティメットまどかの概念の力、魔獣のいる世界のその後、そういうのがうまく言葉に出来ないのですが、
絶妙なアンバランスにアンバランスを加える事により崩壊した感じです。

具体的にどこ……がっていうのは、今まで書いてきた疑問点の先にあるのが、原点回帰。
魔法少女まどか☆マギカに戻るからだと思います。
不思議に思わない人いないのかなぁとか、個人的に思います。
『人がたくさん入ったから、ヒット?』そうは思えません。
特典があったら、同じ回数見に行きますか?
まぁ、特典は大事だと思いますがリピーターは普通にいるのかって話です。

やっと化けの皮が剥がれたというのか、映画公開二周目にして席がもう適度に開いてる。
私のしるまどか☆マギカは、確かもっと勢いよく席がなくなったような気がします。
過大評価ってのが視聴者がやっとわかってくれたというのか……なんなのかはわかりません。
仮に過小評価であっても、こんな映画なかったというわけにはいきません。
黒歴史だぁ! というわけにもいきません。
目の前にあるのもまどか☆マギカです。

私的に新編映画を見て、なぜ妥協したのかやっと答えが出ました。
まどかの台詞です。
「今の私にはね、過去と未来の全てが見えるの。かつてあった宇宙も、いつかあり得るかもしれない宇宙も、みんな」
新編自体パラレルワールド。
こういう結末もあったかもしれないという説で、自分を納得させたのです。

でもまぁ、これもパンフレット読んで、全てがだいなしですよ、ほんとに……。






疑問点12

魔法少女まどか☆マギカは存在するのか。
madokama.jpg
いや、これただの屁理屈なんですけど、
解釈の仕方が自由なら、この作品は実は存在しないのかもしれない。
これはインキュベーターから、私たちへの洗脳(震え声






疑問点13

実はこの物語、私が考えていた(出していた)作品風にそっくりだなぁと(にっこり

まぁ、自画自賛するつもりないのでどうでもいいことですが、そういう二次作品として作られそうな内容だったというのが、
本当にこんなものを作りたかったのか? と疑問に思います。
この疑問点は、そういう意味じゃ本当に蛇足ですね。

「魔法少女ほむら☆マギカ L.o.S サンプル」/「日宮理李」の小説 [pixiv]

この作品は
鹿目まどかではなく、美樹さやかが魔法少女のためにアルティメットさやかとなってしまった世界。そこで鹿目まどかと暁美ほむらを待っている物語は……?
というものです。

つまり新編をいいかねるなら、アルティメットまどかじゃなくて、アルティメットほむらになっていたらとも、
解釈できます。
能力を奪うのが、さやかになるのか、ほむらになるのかの違いだけしかありません。
(まぁ、結末だけですけどね

「魔法少女ほむら☆マギカ BwC その1」/「日宮理李」の小説 [pixiv]
魔法少女暁美ほむら。彼女の魔法は鹿目まどかとの出会いをやり直すための魔法であるはずだった。
しかしながら、時間遡行で戻った世界は彼女の知る世界ではなかった。
記憶をなくしたほむらが出会ったのは、シャルロッテと名乗る不思議な金髪少女。
「あいつらの方が魔女だ。罰せられるのはあいつらの方――」
果たして、ほむらは元の世界に戻ることができるのか。シャルロッテの正体とは一体……?

ベベちゃーん! なぎさちゃん見てるー?
私だよ、私。

はい、この作品は本当の意味で無駄になった新編ですが……。
これも、そうですね。
この私の作品で、ほむらの因果律をかえたのは、シャルロッテちゃんなわけです。
新編では、円環の理のかばんを届けに来た、使者。つまりは因果律を持っている人物。

似ているようで、似ていない。
まぁ……この作品については当て付けがましいのは理解しています。

その他は特に出しません。蛇足が増えるばかりなので。






疑問点14

リボンがグッズにない理由はなんだろうか。
hom15.jpgmado002.jpg

いや、これはあるか知らないだけかもしれないんですが、ぐぐっても出てこなかったので、たぶんまだないんだと判断します。
リボンといえば、『魔法少女リリカルなのは』にて、お互いのリボンを交換しましたね。
そのリボンが劇場版だと、グッズ化して売られていました。
わりと、まどか☆マギカも、リボンって重要アイテムなのに、なんでグッズ化しないんでしょうかね。

公式が金儲けしたいって勝手な解釈をすると、ないのは違和感です。
まぁ、話が“仮に続いた”のならば、その時に出るかもしれませんね。

黄色のりボン、赤色のりボン。

販売するのはいつになることやら。






疑問点15(これはあんまりまどか☆マギカ関係ないことです)

どうしてまどか☆マギカ(劇場版)がここまで過大評価になっていたのか(新編除く
れは、ステマやら、疑惑やら、一ヶ月間の待たされたからなど様々な理由はあるかもしれません。

ですが、それは人気の本質ではないと思います(まぁ、ステマが別ですね。
ステマはまぁ情報で……支配しているので、過大評価させようとすればできるのです。
『韓流ブームがあったか、なかったのか』という話を思い出してもらえば、理解できるかもしれません。
なので、それが全てといえば全てになっちゃいますが……。

とにもかくにも私が言いたいのは、別に視聴者がどう感じるかなんて人それぞれなんです。
ですが、なぜあそこまで過大評価になっているのか、全然理解できません。

私は好きですし、評価高くて嬉しいのは事実ですよ。
ですが、なんでしょうか。何かが違うんですよ。
そうまで評価されるのは何か違和感です。

そういうわけで、まどか☆マギカと似た作品を思い出していただきたい。

『STEINS;GATE』(シュタインズ・ゲート)
幻影ヲ駆ケル太陽
リトルバスターズ!(Refrain付)
Angel Beats!

など話題になったものや、流行ったもの、流行らなかったものがあります。
私もちろん全部好きですよ。

STEINS;GATE
sg_logo.gif
シュタゲは、タイムリープの物語なのですが、
これは失敗に、失敗に、失敗。本当の世界線に戻そうとする。
でも、それも失敗なのです。
それを岡部倫太郎というキャラクターを通して、私たちも同じ想いを共感できるかと思います。
自分がやったせいで、アキバ(秋葉原)がおかしくなり、歴史改変による惨劇が起こるのです。
それはまぁ、ゲームだと各ルートに入ってしまうのであれですが、全てを元に戻すのが、
最終的に好きになった女性を助けられない、最初の失敗にいくわけです。

シュタゲのあらすじ書いてどうすんの……ってことなので、気になった方は原作みて下さい。
ようは岡部倫太郎の想い(本音)が直感的にわかる作品です。


『幻影ヲ駆ける太陽』
は挑戦的で良かったです。
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話題があるとしたら、OPのLiSA氏か、EDの岡本菜摘氏です。
あとはそうですね。
監督が、初代なのはの監督である『草川啓造』であることぐらいですか?
(他に何かあったらすみません。勉強不足でした。
これも一種のまどか☆マギカですよね。
さすがに時間遡行はしませんが、人の想いのお話です。
やらない偽善よりもやる偽善。
最終話は、本当に幻影ヲ駆ける太陽でした。

友情とタイムリープ(時間遡行)って観念で考えるならば、
リトルバスターズ
でしょう。
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これはもう先のことを知っている人なら、恭介たちの気持ちが凄くわかるはずです。
それはなぜか? 
密接に友情って感情をあらわす物語をテーマに作っているからです。
とはいえ……原作ありきの感想なので、実際は感じられないかもしれないです(ごめんなさい
そういう意味だと原作がしっかりしているからというのも一理あるかと思われます。
『Refrain』の4話はそういう意味で神回でした。
舞台上から降りる。
まさにその演出、そしてあの部室での会話は正直つらい。

Angel Beats!
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これは駄作ではありません。
圧倒的に話数が足りないせいで物語れていないのです。
ゲーム化が進んでいるようですし、きっとゲーム版だとまとまった作品に変わっていると思います。

そういう意味で、実は虚淵玄氏も、麻枝准氏も似たもの同士かも知れませんね。
1クールでとてもじゃないが、語り尽くすことできない世界観、設定、キャラクターたちを、作り上げてしまう。

結果論だけでいいますけど、Fate/Zeroが仮に1クールだけしかなかったとしたら、どうなっていたでしょうか?
想像もつかない。

過大評価の秘密はいろんな作品を見ると、たぶん同じような違和感を持てると思うのです。
まぁ、これも私の勝手な解釈なのですが……、あんだけどーんとうまくいくものかなァと。






疑問点16

この作品には、暁美ほむらがいう欲望、つまり『スタッフの愛』があったのか、ないのか。

魔法少女まどか☆マギカ『新編』に圧倒的に足りないのは、その『スタッフの愛』だと私は思います。
確かに『最初の50分』ほどは、
総監督がやりたい『もう一度五人を活躍させる』ってものでした。
ですが、続きをやりたいから作るってのは、そもそも愛なのかなぁと。
まぁ……『続きをやりたい』って欲望は、確かに愛です。愛に違いありません。
ですが、それはそれで……何か違うような……?
この違和感は言葉に出来ないのですが、他の疑問点以上に共感してもらえる部分じゃないかって思います。

そうですね。この疑問点をまとめるならば『愛の方向性』が違うように思えました。

この考察事項以外の場所でも書きましたが、
別に続きを作りたいなら、それこそ何でも作れるのです。
『魔法少女まどか☆マギカ ~The different story~』、『ほむら☆リベンジ』等なんでも活躍の場は、
二次作品じゃなく、公式で一杯あるのです。

だからこそ『なぜあの結末にしてしまったのか』が虚しさで一杯です。

哀とは『あわれ あわれむ かなしい』
愛とは『いとしい めでる かなしい おしむ』
どっちも、かなしいって意味あいがあるんですね、知りませんでした。

そういう意味じゃ、ほむらは悲しんでいるのかもしれませんね。
欲望を体現してしまう自分を悲しんでいるのかもしれません。

スタッフの愛ならば、
『ガールズ&パンツァー』、『AKB0048』を見てくれると、スタッフの愛がわかると思います。
特にガールズ&パンツァーはスタッフの愛しかない、それこそ『本気』が見えます。
AKB0048は、アンチAKB48が見るための作品ですね。『あんなAKB48』であれば、応援したかった世界です
マクロスシリーズでできなかった部分を、この作品でやってしまう、実現してしまうという監督の愛。
そして、BD(DVD)版での修正シーン、追加シーンの数々。
『三森革命』は、かなりの修正が加えられて、スタッフみもーり好き過ぎだろ! と思うくらいです。

正直なところ、新編は2020年公開でいいのでじっくりともう一度作りなおして欲しいと思います。
キャラクター萌えに少し走りすぎてしまったようにも思えてきます。
あの殺伐とした空気が好きだった人は、なんだろうこれ……と感じてしまってると想います。

先入観が強すぎてとてもじゃないけど、見やすさが少し足りなくなってしまった作品……かもしれません。






疑問点17

円環の理とは、一体何なのか? 救済とは一体何なのか……?
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あの滅びかけた世界という認識でいけば、もうほむら、マミ、杏子しか存在しないんじゃないかなぁと。
そして、過去未来現在全ての魔女をと言っている。

つまり、あのほむらが魔女化したものは、救済できなかったこともあり、魔女ではなかったのか?
(ソウルジェムの外で変わらない限り、直接的な救済は不可能なのか?






疑問点18

魔女を否定したまどかだが、劇中に登場する魔女と、その使い魔達はいったい何なのか?(誰なのか

まどかが契約した願いは
「全ての魔女を生まれる前に消し去りたい。全ての宇宙、過去と未来の全ての魔女を、この手で」
まどかは宇宙の法則をも変え、永遠に魔女を消し去るという概念、魔法少女達を救済する「神」に等しき存在へ進化した。

であるならば、
一体どうして忌むべき存在であるはずの彼女たちがそのままの姿(魔女)で現れるのか。
そして、なぜなぎさだけが魔法少女の姿なのか。

この答えは、シンプルだと思います。
設定がないから。イラストがないから。
だから、出せないと考えられます。

というのも、そもそもなぎさの存在も

魔女化後の姿であるCharlotteの側からは、公式ガイドブックで設定が明かされている。
ただし、公式ガイドブックは劇場版公開以前のものであり、この設定は魔女デザイン担当の劇団イヌカレーによる裏設定である。脚本担当である虚淵玄が新編脚本とすり合わせたかどうかは不明。

公式ガイドブックによると、彼女はひとつきりのチーズケーキを願って魔法少女になった。しかし願いどおり厳密に一つきりしか手に入れられず、魔女化した後もチーズだけは魔法で出すことができなくなったらしい。
公開されたメモには、そのチーズケーキは病気で死にかけている母親のために願ったとあるが、この部分は初期の構想段階のものであるため、TVシリーズの時点でも反映されているかどうかは不明である。


という状態である。

ということで、なぎさは既に設定があったから出ただけ。

つまり、仮にこれが他の魔法少女が仮に設定とイラストがあれば、そちらが出ていた可能性がある。

とはいえ、必ずしも設定があったとして全員を出すわけにもいかない。
まぁ……少なくともまどマギの終わりの時に後ろ姿だけは魔法少女たちは写っていた。
それにまどかが救済の矢を放った時に幾人かの魔法少女と接触している。
彼女たちを出しても何も違和感はなかったはずだ。
そもそも、魔法少女が魔女になる呪縛がなくなった存在の集まりが円環の理だからだから、出てくるのは自然とも言える。

以上のことから導き出せるのは、あの怪獣バトルのような状況を作りたいために、そのまま設定も何も考えずそうしたということになる。

追加事項
と設定がないからと書きましたが、
あの魔女たちの姿が、ほむらから見ると魔女に見えるという裏設定か何かがあるのかもしれない。
視聴者はほむら目線。
ほむらの目から見えてるのは、悪魔の世界。
ならば、魔女に見えるという可能性はないわけでもない。






疑問点19

感情というベクトルがないはずのインキュベーターが、ほむらの話した幻想のような『円環の理』に興味を抱くのはなぜか。それは感情とは違うのか? 興味ってなんなの? 
ほしいってことだよね? それはつまり欲望って感情ではないのだろうか?

興味とは、一般的に

1 その物事が感じさせるおもむき。おもしろみ。興。
「人生の最も深き―あり」〈高村・友の妻〉
2 ある対象に対する特別の関心。「―がわく」「―を引く」「―に満ちた表情」「―の的」
3 心理学で、ある対象を価値あるものとして、主観的に選択しようとする心的傾向。教育学では、学習の動機付けの一つ。


つまり、インキュベーターがほむらの言葉に欲望を抱くのはおかしいと思われる。
確証がないことをそもそもインキュベーターが実行するだろうか?
彼らは、説明されなければ実行しない。必要なければ実行しない。
ありもしないことを、いうほむらを正しいと認識(必要)するだろうか?

劇中にて、わけがわからないよと、インキュベーターがいいますが、
円環の理の魔女化システムをほしいと願った感情があったと仮定すると、わけがわからなくないということになる。






疑問点20

これが最後の疑問点です。
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一体どこまで暁美ほむらは計算して行動していたのか。

ということです。

漫画より、冒頭部分の言葉の抜粋します。

希望を願い、呪いを受け止め、戦い続ける者たちがいる。
それが魔法少女。
奇跡を掴んだ代償として戦いの運命を課された魂。
その末路は消滅による救済。
この世界から消え去ることで絶望の因果から解脱する。
いつか訪れる終末の日。
円環の理の導きを、待ちながら、私たちは戦い続ける。
悲しみと憎しみばかりを繰り返す、この救いようのない世界であの懐かしい笑顔と、
再び巡り会うときを夢見て――



これはある意味で、デビル化ほむらを予言している言葉にも見えなくもありません。
消滅すれば、まどかに会えるのにほむらは戦う必要がそもそもない。
最初からソウルジェムをひたすら浄化せずにいれば、いいのです。

この漫画(映画)の冒頭を言い換えるならば、
『全員が救済されたなら、あとはまどかを私の好き勝手にしてもいいよね』ということです。
誰もいなくなった世界(疑問点1:どうして、あの状況になっていたのか?)。
言い換えるならば、もう全員が救済された世界。
魔獣に人類は滅ぼされたとしても、魔法少女はアルティメットまどかに救済される。
うーん、ここらへんは考えるのが難しいのでなんとも言えません。

こうほむらが計算していたのかを一週間ほど考えていたのですが、
あの結末まで計算して動けるのかどうか……わかりません。
どうやるのかも検討がつきません。お手上げです。

どなたかのつぶやきだか、記事にあった覚えがあるのですが、
終わった物語を続けてしまったがために生まれた問題点ってがきっとこういうもうなのかなぁ?
と個人的に思います。

ほむらが悪魔化をできるといつ認識できたのかは、絶対に明かさないといけない事実だと思われます。

そうでなければ――ただの茶番映画を見せられただけになってしまう。
『最初から最後まで、私の考えるとおりに動いた』
だから、あなたはここにくる。



さて……全ての疑問点に答えてくれた、ありがたい鹿目まどか様のお言葉を貼っておきます。
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疑問点については、以上になります。
共感していただける疑問点がありましたでしょうか。
また、これ以外に不思議な点はありましたでしょうか?
秘めていると、どうしようもない病気になりそうになりかけるので、どこかにまとめて書いておく方が個人的にはいいと思われます。






叛逆の物語、内容列挙
大まかな物語の内容がまとめられていたので、引用させてもらいました。

231:名無しさん@お腹いっぱい。:2013/10/28(月) 03:14:23.88 ID:rpDdDX5I0
超にわかですまないが
アニメシリーズと新編をひと通り見たので、大まかな事象をまとめてみた
間違ってたら、指摘してくれると助かる

【TVシリーズ後の世界】
魔女の存在が否定され、穢れのバランスを取るために魔獣が爆誕!
ほむほむのみ赤いリボン効果によりまどかの記憶を保持。
過去に魔女化してしまった魔法少女(さやかなど)は、円環の理に導かれ
魔女によって殺された魔法少女(マミ・杏子など)は、そもそも魔女が存在しない世界に変わったので復活する。

【隔離装置世界】
ほむほむはQBたちにより円環システムの干渉を疎外する空間(以下装置とする)に捕えられ
半強制的にSGを濁らせられ、装置の中で魔女化してしまい、結界(見滝原市)を作る。
その際、ほむほむの記憶に鮮明な人物は結界内に引き込まれる。

女神まどかは全宇宙を統括する存在なので勿論これらの事象もQBの企みも関知していて
引き込まれる際に、さやかとなぎさに女神としての記憶を分散させる。
理由は、記憶がもしまどかにあった場合、装置内で円環の儀式をしてしまう危険性があり
QBたちに円環の理の仕組みを観測されてしまうため。
従って記憶を保持したまま忘れたフリをすることはしなかった。

一方のQB陣営は、ほむほむに女神まどかに助けを求めろと躍起になるが
ほむほむは女神まどかをQBたちに観察・支配されることを恐れ、装置内で自ら消滅することを決意。
(隔離空間の中で消えてしまえば、もう二度とQB達は女神まどかを観測する機会を得られない)

それに気づいたさやか達は装置を破壊し、ほむらを救い出そうと奮闘する。

戦闘の末、装置は壊される。そこに現れたのは女神まどか。
優しく包み込んでくるまどかに手を伸ばし、ほむらとまどかはついに現実世界で再会する。
――が、にやりと微笑を浮かべるほむら。
「この時を待っていた」と。




ほむらを導こうとしたその時、不意にほむらは妖艶な笑みを浮かべまどかの手を掴み、まどかの人間としての記憶を引き抜いてしまう。
それはまどかを、つまりは「円環の理」の一部を引き裂く行為であり、
ほむらのソウルジェムは、呪いを越えたおぞましい光へと染まりダークオーブに変貌していた。
そして世界は再び、今度はほむらの手で作り替えられていった。
インキュベーターすら理解に苦しむ状況に、ほむらは今までの行動そして今から行うそれは
全てまどかへの「愛」であること、神聖な神すら貶める自らを「悪魔」「魔なる者」だと語る。
人類の感情は制御しきれないと危険視したキュゥべえは、地球への干渉を止めようとさえするが、
まだインキュベーターには働いてもらう必要がある、とほむらに逃走を阻止される。

悪魔と化したほむらにより再構築された世界では、さやかやなぎさといった「円環の理」に導かれたはずの魔女たちとその使い魔が存在し、マミや杏子も生活していた。
さやかはことの顛末を理解していたため、ほむらの行為を厳しく糾弾するものの、
自らが「円環の理」の一部であるという記憶さえ失われゆく中では、
ほむらが悪魔であることは忘れない、と告げるに留まった。
やがて、見滝原中学で在学生として過ごすほむらのクラスに、アメリカからの帰国子女として、
まどかが転入して来た。
校内を案内している時、何か大切なことを忘れている気がする、と訝るまどかに、
ほむらは「秩序」と「欲望」のどちらが大切かを問いかける。
戸惑いつつも「秩序」と答えたまどかに、「いずれ敵対することになるのかもしれない」とほむらは言いつつ、
かつて受け取ったリボンを返す。

弦月の夜、ほむらは丘の公園にいた。
近くから物音がしたのを聞くとほむらは笑みを浮かべダークオーブを出した。
足元にはボロボロになったキュゥべえが倒れていた。



補足でプラスします。


この遮断フィールドには巧妙な「調整」が施されており、外側からの干渉は遮断するが、
内側からは干渉できる仕組みになっていた。
すなわち、内部のほむらが望んだ、
まどかをはじめとする一部の者たちだけはフィールドを通過して結界の中に招き入れられ、記憶を捏造されて、偽りの見滝原で活動していたのである。
ほむらに「円環の理(鹿目まどか)」を遮断フィールドの内側に招き入れさせ、自分たちが観測可能な状況でソウルジェムを浄化させる、これがインキュベーターの描いた実験のシナリオである。
五人の活躍で、魔女の結界と、ほむらのソウルジェムを覆う遮断フィールドは破壊され、インキュベーターの企みは失敗に終わった。



あと更なる補足として、wikiに大まかなのがあるのでそちらもよう確認ってことで。


まず、



ほむら「私は……。私は、鹿目さんとの出会いをやり直したい。彼女に守られる私じゃなくて、彼女を守る私になりたい」
(……あなたの為なら、私は永遠の迷路に閉じ込められても、構わない)
(同じ時間を何度も巡り、たった一つの出口を探る。あなたを、絶望の運命から救い出す道を)
(だとしてもここは、かつてあの娘が守ろうとした場所なんだ)


新編を見た後で、ここをどう感じるか(解釈するか)ですね。
これが全てと言っても過言ではない結末です。

さて、最初は感想から入っていきましょう。

見終わって感じたことは、

魔法少女まどか☆マギカ関係を何も見たことがない人が見たら、
この作品って、『気持ち悪い』って思うんじゃないかなと思いました。
まぁ……当然そんな見ていない人はいないし、見に行かないと思います。
ほむらの最後に取った行動は、自己犠牲とも思えますが、自己満足(欲望という観点から)にも思えました。
そういう意味だと、
『映画ドキドキ!プリキュア マナ結婚!!?未来につなぐ希望のドレス』
がまどマギめいたタイムリープをする王道をしたので良かったです(その感想はまた後で
そのプリキュアを見たせいもあるのか、ほむらがただの『ジコチュー』にしか思えない。
でも、そんなほむらのことを羨ましくも思えます。
感情を良い意味で、表に出せたのですから。
私は逆にそれが出来なくなったので、ほむらのように心を割り切れたらとも思えます。
でもそうだったとしても私は友情って言葉の意味がよくわからなくなりました。

これから見に行く方は、
友情関係というか、愛情関係というかそういうものを客観的に見てください。
そういう第三者視点で見れる方は、ちょっとだけ試して見てください。

なぜそんなお願いをするのかというと……。
個人的な話で大変恐縮ですが、最近私は信頼していた友だちに裏切られました。
なので、ほむらがやった行動が信頼に対する裏切りにしか思えないのです。
ただのクズにしか見えません。
でも、魔法少女の中では一番好きですよ!!
一番好きなキャラクターは、もちろんキュゥべぇですがっ!
まぁ、個人的な感情はここまでにして……。



大まかな感想としては


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元々が虚淵玄氏ということもありというか終わってみると、
なんだかぱっとしない感じですね(最初の原案でいいじゃん
断言できるのは、『もう魔法少女が本当に関係ない』。
というか、今回に限っていえば、ほむら☆マギカで良かったですね。
むしろ『新編 叛逆の物語』ってタイトルで良い。
新しいというのなら、なおさらです。
まぁ、そうすると見る前からある程度予測してきちゃいますが……。
斎藤千和さんが新編のことを賛否両論と言っていましたが、

『まどかマギカ』悠木碧&斎藤千和が語るほむらのまどかへの深い思いとは

劇場版魔法少女まどか☆マギカ前後編(TV版も含む)の時点で、
もう賛否両論だと思います。
皆さん過大評価し過ぎです!(いいところは良かったですよ、もちろん
ただまぁ……この映画でアンチほむらがまた増えるんじゃないかなぁ……と思うと悲しいですね。
正直アンチほむらになっても仕方ないものです。なんでしょうかね、詰め込み過ぎ?
ご都合主義が強いのかもしれない。

この映画を見て得する人って、主にさやかファンでしょうか、それとも他の誰ですか?
内容だけじゃなく、そこも賛否両論だと思います。

作画のクオリティーが高いのは評価するところではあります。
ですが、作画だけがよくても仕方ないのです。
映画のようなゲームとかって例えになるでしょうか?(その場合はゲームになりますが

加えてーー
まどほむ、さや杏というカップリングは同人でこそよく知るものですが、
TV版(劇場版前後編)でそこまでのイチャイチャっぷりなカップリングではなかったはずです。
公式ではその組み合わせをよくしますが、そういうわけでもない(と思いたい
このカップリングは同人による先入観で一見怪しく見えないですが、ちょっと違和感があります。
仲が良かったというのはわかります。
ifストーリーとして、仲良くなった世界という感じなのでしょうね。
友情の線引というのが、今回の映画や前編後編だとわかりにくいですね。
これが男女の関係だと、結婚したとかで言葉にするのは簡単ですね。
同性同士も結婚はできますが、中学生なので難しいところ。
特に愛って言葉を表現するには、どうなんだろうなぁ。
中学生が愛を語ってはいけないという法律も、表現も当然ありません。
何を思って、ほむらが『愛』と感情を表現したのか。
そこは考察できそうな内容ですね。

さてさて新編見るまでもなく、まどかに言いたいことは
『最初から、インキュベーターの消滅を願っておけよ!』です。
そんなの言われたら、元も子もねーよ! はい、その通りです。
ですが、そうすれば丸く収まってでしょと。
どうして、まどかがそう願わなかったについての考察は、こないだしたのでそちらを読んでいただきたい。
ですが、まぁ……それが救いになるとも限らないし、なんともいえませんが……。
とはいえ、本編でまどかの人間性ってのがほむらとの会話で明らかになりますね。
人間でありたいって説が濃厚となった。
とはいえ……あのシーンを見直す限りでは、
『泣いているほむらをあやすがためにやっている』ようにも、
見えなくもなかった。
苦しんでいる友だちの対応の仕方という部分だと思います。


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というか、書こうとして書かなかったんですが、
やっぱ宗教めいた作品ですよね……これ。
魔法少女まどか☆マギカは、まどかが神さま。
ほむらにとっては、まどかは最初から神さま。
そういう意味じゃ……ほむらは悪魔というより、魔王(魔女)の降臨が正しいんじゃないのかなぁ(ぼそ
あぁ、そういう意味だと、魔女ほむらは魔法少女たちの敵ですね!

虚淵玄氏……そういう意味なの……?



本編の内容に入ります。

見ていた時の感想としては、なんていうか最初の一時間ぐらいは苦痛でした。
いや、普通にたぶん視聴者が見たかった魔法少女の戦いなのでしょうけど!


どうしてそうなったのかが早く見たかったので、それが私的に苦痛でした。
真実を早く知りたい系……。
くるみ割りの要素が隠れてるとか正直どうでも良かったです。
BDとかで見なおしたりするときに見ればいいですからねぇ。
隠された何かはあとでじっくり。まずは話の内容というもやもや感でした。
というか、そもそも叛逆を見る前から考えていた通りのことが流れてて、
実は早送りしたい気分に近かったです。
『結局ほむらが悪いんでしょ?』ってことです。
真ん中辺り? からやっと物語が近づいて予告にあったバトルシーンにいくわけですね。



ほむらの壮絶な勘違い乙。

途中にあった、そのおかしさに気づくシーンなんですが……最近見た昔のアニメで同じことしてたなぁと。
これって、ゼー○ペインのあのシーンじゃ?』(舞浜行ったことないなぁ


まぁそこはオマージュってことで、別になんでもいいんですが……。
最初の変身シーンは正直なところいうと……くどい。くどすぎる。
なんといいますか、嘘っぽさしか感じなかった。
あとベベに喰わせるシーンもくどい。あっさりしていてもいいと思います。
個人的にそこに時間を使うぐらいなら、後半にもっと使って欲しかった。
(萌えアニメとか向いてないんじゃないか私

変身シーンでおもったんですが、実はフリーメイソンが関係が?(オカルトだなぁ……)
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シンボルマークに似てますよね。
三角マークに瞳。
実は、フリーメイソンの関係があるんであるなら、全ての問題が片付けられるような気もしますが……
オカルトチックなので、スルーしましょう。


それでまぁ……案の定、これは全て嘘で

偽りの見滝原を作り出したのは現実世界で魔女化寸前であったほむら自身だった。
魔獣との戦いの中でほむらから話した「魔女が存在する世界における感情の相転移エネルギー」に
興味を持ったキュゥべえが、魔女と鹿目まどかの存在の検証の為にほむらを
外界から遮断した空間に幽閉しほむらを円環の理から隔離したのであった。
そして魔法少女達とほむらが望んだごく一部の者だけが幽閉空間の内部に導かれ、
記憶を捏造されて魔女の結界の中でナイトメアと戦っていた。


インキュベーターさんが関わっているとは、そこまで頭周りませんでした。

でも、インキュベーターさんのやり方はなるほどなぁと理解出来ました。
確かにそうすれば円環の理システム解析できて、他にできること増えるなぁと。

実際のところ、ほむらがインキュベーターに話さなければそもそもよかったのにと思います(ここは疑問点
ご都合主義に思えるのは、ここらへん? なのかなぁ。
インキュベーターというやつを嫌ってほど、知ってるほむらがなぜそんなことをしたのか。
語られてないからわからないですね。
結果から戻っていくと、あぁいう世界を作らせるためとなる気がします(おそらく




さてインキュベーターさんの感心できる部分は置いておいて、
ほむらはといえばまどかの本音、インキュベーターの計画を知り、インキュベーターにアルティメットまどかを支配させるわけにはいかない。
なので、追い込まれたほむらはどうしたかというと、中で魔女化して永遠の絶望を望もうとするが……と。
※システムの中で円環の理(アルティメットまどかの救済)が発動してしまえば、キュゥべぇに仕組みがバレてしまう。

てか、やっぱりというかインキュベーターは洗脳好きですね。
以前やっていたように、新編でもほむらをまた追い込むわけですよ。
詐欺師プロの称号を授けたい(震え声
真相が知りたいって好奇心ってのが、人間のある意味弱点なのかもしれませんね。
不思議に思ったが最後……とことん知りたくなっちゃうみたいな。
でも、それは強くも弱くも出来る部分なのでしょうね。
好奇心が強く集まって知識となれば、そういう何らかの資格として取れるぐらい脳が活性化されるかもしれないし、歪んだ知識でどうしようも動けなくなってしまうかもしれません。
真相って、絶対良いことばかりじゃないってことですね(私が書くまでもない

『今回の新編に限れば、ほむらにとっては残酷な真相だった』ということです。


kyouhom.jpgkyouhom00.jpg

結末を先に持ってきちゃいますが、どこまでほむらは計算していたのでしょうか……?
ちょっとあれですよね、無理があるような。
そこはサイエンス・フィクションだからと、わりきるのか否か。
難しいところです(ご都合主義が目立つ?

さて……続き続き。
えっとその後はまどかの放った刺客(さやか、なぎさ)、マミ、杏子によって
、装置は破壊されて救済のお時間になります。
唯一ここの戦闘シーンだけが救いだった気がします。
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『杏子とさやかの言葉のかけあい』
本当はずっとこうしていたかったというやつですね。
「どこかに行っちゃう夢が現実だったんだな」みたいなことが言葉として重い。

『円環の理がきて、ほむらがやっと救われる』
これで終われば、ある種の完結だったのですが、
どうしてそうなったのかほむらの叛逆がはじまる。

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ほむらがまどかの『人間部分の記憶と力?』を一部刈り取り(愛の力で)、
インキュベーターを含む因果律が新たに書き換えられ、世界が生まれ変わった。
インキュベーターが利用される世界がきたということですね。

上記にあらすじめいたのを書いたのに、こうして内容をまた書いたのもくどいですね!
すみません!



さてこの物語にツッコミを入れていきましょうか。

いやぁ……正直なところ、普通過ぎる。
まどか☆マギカは後編にいくに連れて、サイエンス・フィクションになっていくので、
新編はもうサイエンス・フィクションとしか見れなくなっていたわけですが、
「あぁこういう風に最後持っていったのね!」ぐらいが、正直な感想です。

今回の新編は嫌いではありませんが、
『これで良かったの? これを本当に作りたかったの?』
と疑問に思います。
内容に絶望したというか、どうしてこれを作ったのかが理解できない。
まぁ……キャラクターをもう一度活躍させることらしいですが……。

展開がはやいって話を聞きますが、それなら尚更二つにわければいいのです。
様々な大賞にも選ばれ、少なくともお金の話はしたくないのですが、回収できるはずです。
なので新・前後編のようにわけても良かったと思います。

例えをいいますと、
アルティメットまどかが迎えにきた瞬間にED入って終わった後に
『コノシュンカンヲマッテイタンダー!』
で終わっても良いわけですよ。



イメージ動画作っちゃいましたので(一応貼っておきます

わかりやすくいえば、ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破のラストです。
知らない人がいたら、すみません。
まぁ……わかりやすくいえば、
『サードインパクトが起きてしまう!』 → ED → 『今度こそは、あなたを救ってみせる』 →終わり
の流れです。

それで後日……追加劇場版でも、第二期でも良かったのですよ。
明らかに監督たちが追加した部分が中途半端過ぎなんですよ。

だからこそ、
『……ん? それで……だからどうしたの?』と疑問になるんです。
とあるまとめサイトに『ゴリ押しすんぎ』ってのがあったんですが、
それと「なぜそのような行動に出るのか」という心理描写や理由付けがあまりに少ない。という書き込みがあって、
そこなのかなぁと、実際何に疑問を感じているのかはっきりしません。
というか、『ここか』ということです。
展開のはやさについていけないから、疑問に思った……?
とはいえ、そんなにはやいようには思えなかった。
むしろ、いらないシーン(前述したくどいシーン等)が多いような……?

劇場版魔法少女まどか☆マギカ放映時……つまりは一年前の異常な混み方がかつてあって、
新編の混み方が以前の劇場公開と比べて少ないことが疑問に思います。
やる劇場が増えたからとかでしょうか……?
特に平日の混み方が少ない。
ですが、前後編以下になる理由もわからなくもない。
あの当時の劇場の混み方、特にバルト9の混み方は凄かったですよね?
平日でもほぼ毎日完売していたような覚えがあります。
新編は、もしかすると特典目当て(フィルム目当て)で見に行かないって人たちが多いのかもしれません。

と色々書きましたが、混み方の謎は専門家じゃないので、わかりません。



解釈は人それぞれで、楽しみ方も千差万別です。
押し付けるつもりも何もありません。



まぁ、私も一度だけの視聴だと判断しかねないので、
落ち着いた頃にまたいこうかなぁ……とは思います。

3回くらいは一応見直そうとは思います。
新しい発見が、それこそあるかもしれませんし、今度こそほむらの感情を理解できるかもしれない。
BDがでたら、当然買いますよ。

何度も書いている気がしますが、
新編面白くないわけじゃないんです! 
が……何だろうか……小説で読みたい。
映像にするには時間が足りない。圧倒的に足りない。いや多いのか!?
それは新編というか、まどか☆マギカ自体にいえることです。
なんていうか素材をもっと活かして欲しい感があります。
それは前に考察したので置いておきましょう。
というか、制作スタッフは焦らずに2020年頃公開でも、下手すると良かったんじゃないかとも思います。
急ぐ必要はどこにもなかったと思う。




さておき、
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この作品(新編)におけるほむらに共感できません。
感情を理解できるかもしれないって書いたのはそのことを意味します。
あぁしてしまった理由はわかります。
暁美ほむらは、壊れかけの人形。
『まどかに対する様々な自分のことが許せない』、『因果律を歪めた張本人』、
『まどかを辛い状況にしたのも自分』。
TV版の話を出すのは、ちょっと話が逸れちゃいますが、
『暁美ほむらから鹿目まどかへの想い』がわかりづらかったってのが実はネックにあります。
これはおそらく、上記に書いた心理描写と理由付けが少ないってことをあらわしているかもしれません。

最初はこれで、こうなって、こうなりました。

そう言われても、正直なところほむらの想いを真の意味で理解できません。
劇中でも、そんなことを本人が言っていたような気もしなくもない。

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とにかく私には、
どうしてあの最後の行動を行った原因、つまりは愛の部分に共感することができません。
まぁ……『暁美ほむら』ってキャラクターを完全に理解しているのは虚淵玄氏以外いないと思います。
共感できるのは、そういう意味じゃ虚淵玄氏のみかもしれません。

虚淵玄によると本編に至るまでのほむらの時間逆行回数は5回以上1000回未満(つまり体感時間で最大80年弱)との事である。



こういうのが特にそう。
まだ、話していない部分とかあると思います。
とはいえ、これが本当かどうかもわかりませんので、やはり虚淵玄氏の頭の中にしか真実はないでしょう。

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さて若干話がズレたので戻りまして、
つまりネックになっている部分というのは……、
あなたは『暁美ほむら』についてどれだけ知っているのかって話です。
普通の視聴者は、劇場版(TV放映版)しか知りません。
たったそれだけで、暁美ほむらを知っているといえるのか?
たったの4時間だけで、ほむらの感情、気持ち、まどかへの想い。
それを悟って下さいっていうなら、
『はい、わかりました』というしかありませんが、
その感情を理解しやすく構成するのが作品作りですよね?(ここも前の考察の時の部分
まぁ、普通なら同一人物じゃないので真の意味はわからないはずなのです。

起承転結はわかるけど、起承転結過ぎるということですかね?
『ほむらが本音を聞いて、ストレートに行動する』
たぶんここがネックなのかなぁ(ご都合主義ルート

魔女の結界内における記憶の捏造は、ほむら自身とまどかにまで影響していたからである。


疑問点。

まぁ、行動するまではいいとしましょう。
でも、『愛』ってなんですか?(誰か理由分かる方いたら、ご教授ください 
『愛は何』、哲学か何かですか? 理解できません。
「こんな途方もない結末、とても僕には制御しきれない」
インキュベーターさんが代弁してくれた。
ほむら以外に分かる人がいたのか、いないのか。
いるとしたら、概念であるまどかぐらいでしょうか……。

あそこはなんていうんだろう、
サイエンス・フィクションが急に熱血系アニメにされた気分で正直腹がたった。
もういっそのこと歌い出してくれた方が、
まだ『シンフォギア見ていたのか』と思い込んで納得させられた。

ほむら自身の因果律も実は上がっていてとか、インキュベーターに改造されててとか、
実はほむらは一度円環の理の一部であったけどまどかの想いで人間として生まれかわったとか、
ほむらがもう円環の理の一部だったとか、他にもやりようがあった気がします。
『愛』だからできる……?
WHY……?
愛に理由が必要とはいいませんが、もうちょっと愛=◯みたいな理由付けが欲しかったところです。
あれかなぁ……愛っていうのに、黒くなっちゃったからかな?(悪魔化
ピンク色か、赤色だったら良かったのかも?
まぁ……やってることは拘束で、独占愛なのでそういう明るい色ではないことは確かです。

虚淵玄氏インタビューに、

これを手掛かりにして様々な人が新しい物語をつくってもらえば~続きを考えたくなるような作品~思っていたんです


ってあるんですが……。
じゃぁ愛でインキュベーターたちがほむらたちを殺してもいいんですよね。
愛でまどかが覚醒してもいいんですよね。
愛なら何でもできそう。

なーんていうか、『何故そこで愛ッ!?』ですよ。
まだ……『これが人間の感情よ!!』って、ほむらが叫んでくれたほうが納得できます。
見直したら、感情について少しだけ言ってましたね。でも、その後で『愛』と叫んだので、一回目は『愛』のインパクトがでかかったのだと思います。
うーん……ここもあえてオマージュしたってこと? んな馬鹿なっ!?
サイエンス・フィクションなのだとしたら、一定の線引きってのは必要だと思うんですよねぇ。
それはSFに限らずルールってやつだと思いますが……。

シンフォギアでいう、
ノイズに触れられるのはシンフォギア装者だけ(使えるのは適合者、後天性適合者)
完全聖遺物は、普通の人でも使える。
OTONAは強い。


というか、あの12話だと全裸、劇場だと何かきてた精神世界のシーンあるじゃないですか、
あれもがあれば止めれたんじゃないの……?
それぐらい『愛』って不確定過ぎて、むしろ何?
愛があれば、神さまになれるの? そうなの?
私もなりたいです(混乱

愛じゃないと仮定すると、

574: 名無しさん@お腹いっぱい。:2013/10/28(月) 00:37:51.67 ID:uICJgSX60
ほむら魔女化の理屈を自分なりに、まとめてみた。

ほむら悪魔化の理屈
魔法少女の魂(希望)が穢れ(呪い)を溜め込むと、魂の形が変化して魔女(絶望)になる。
通常、「希望」から生まれた魔法少女にとって、「絶望」につながる穢れはマイナス要素だ。
ところが、ほむらにとってはSGが濁ることは、むしろまどかとの再会が近づくプラス要素。
SGが濁りきる魔女化は、ほむらにとって絶望どころか、まどかとの再会すなわち「希望そのもの」なのだ。
希望から生まれるのが、魔法少女。
絶望から生まれるのが、魔女。
では、魔女に「堕落する」こと自体が希望となったほむらは、何者なのか?
そんなものは、魔法少女の概念に収まらない。魔女ですらない。
これまでの法則に縛られない、新しい存在。


この説で納得すれば、いい気がしてきました。

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ようはアルティメットまどかの記憶を奪う前に、悪魔化していたってことです。
その理論でいけば、サイエンス・フィクションとしては成り立ちそうです。
愛って感情じゃなくて、救いにくる前に対立した存在になりかけていたということ。
ゲーム的にいえば、ルートに入ったというか、フラグがたったというべきか。
愛という感情ではなく、こうなったと私は思いたいです(この部分は疑問点として下にまとめて書きます

人間の心って、本当難しい。
感情って、重要ですね。
欲望って、私実感できるくらい理解していないです。

えっと……愛はもう置いておいて……。
話は戻るに戻って、
ほむらの真の意味での感情はわかりませんが、
ほむらがまどかを崇拝しているらしいことはわかります(くどいですが、ここも考察ごとです。
そういう風に解釈させようとしているにしては……(それはもう違う考察で……
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ほむらがまどかを崇拝している、大好きだと仮定して、
まどか自身が神さまでなくても、神さまみたいな存在になっているとしましょう。

その状態で、偽物で本物のまどかと花畑で話すシーンを思い出してみます。

まどか『ほむらちゃんが耐えられないこと、私が耐え切れるって思う……?』
ほむら『それがあなたの本当の願いだったなら~どんな手を使ってでも止めるべきだった』

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止めてたら、どうにかなるの……? 
結果論ですが、無限ループで何も解決できないですよね?
ある意味、この新編も無限ループに戻ったとも言えなくもないですね。
まぁそうまでしても絶対に『まどかを救いたい』、『まどかを離したくない』のでしょうから……。
むしろ、あの状況下(時間遡行がまだ続いた場合)に未だに囚われている状態だったとしたら、
まどか自身の因果律を強くして、『愛』なんてよくわからないもので奪えるものに変化はしない気がします。
『愛』が絶対神なら、無理と判断しますが。
『愛』、『感情』。
この二つが難しい。
これをどう受け取るかで、この作品はどの方向にでも転がる。


ほむらが取った行動は正解か、不正解か。難しいところですね。
神さまになった記憶をおいてきたって、総監督のインタビューにはありますけど、
その神さまになった記憶が大事だと思うんですけどねぇ。
神さまになっても後悔しているのか、いないのか。
そこが大事なんじゃないですか?
花畑のまどかは鹿目まどかでありながら、アルティメットまどかではないのです。
そもそも、この『本物』って、どういう意味での『本物』なのでしょうかね?

この本物って言葉に疑いを持った理由の例え話をするならば、
「あなたしかできないことがあるの」
ってあなたは言われたことととしましょう(部長や、先輩にお願いされる
そのことについて、
『やりたくない、したくない』
っ、あなたは聞いて思ったとします。
でも――いざ実際やってみると、
『あれ、そうでもなかった。全然大丈夫だった。むしろしっくりくる』
かもしれないのです。逆の場合もあるのは当然。
なので、神さまになった記憶って、大事だと思います。
ほむらと同じくらい『耐えられない、寂しい気持ち』があるのか、ないのか。
そこがこの新編最大の疑問点じゃないでしょうか。

実際のところ、まどかは孤独じゃなかったと思うのですよね。
ですがこれは私の解釈なので、実際はわかりません
だってこのことはまどかの本心を聞く前に、ほむらが吸収してしまいますからね。
聞く余地すらないというのはあの状態。

そのまどかが孤独じゃないって私の考え(解釈)は、
魔法少女の消滅=概念化(まどかの一部になる)であると考えたからです。
アルティメットまどかになってから、鹿目まどか自身もやっとわかったことだと思います。
集団無意識の世界の一つになるみたいな感じですかね。一緒にずっといるけど、いない。
ということを思ったのは、
『新編で登場した美樹さやかや、百江なぎさや他の魔女の存在があるからです』

記憶あるものとして呼び出されたさやかはわかるのですがなぎさ(べべ)は違います。
そもそもほむらが知るはずのないのが混じってますし、似ているだけで、
シャルロッテではない何かが!(ほむらの認識している魔女という意味では合っているのかもしれません)



この遮断フィールドには巧妙な「調整」が施されており、外側からの干渉は遮断するが、
内側からは干渉できる仕組みになっていた。
すなわち、内部のほむらが望んだ『まどかをはじめとする一部の者たちだけ』は
フィールドを通過して結界の中に招き入れられ、記憶を捏造されて、偽りの見滝原で活動していたのである。
魔女の結界内における記憶の捏造は、ほむら自身とまどかにまで影響していたからである。



少なくとも、まどかの周りには配下ではないですが……お手伝いさんがいたと思うのです。
カバン持ちという役割であった美樹さやかと、百江なぎさ。
この二人の存在もまた新編におけるポイントですね。
sayaka00.jpgnagisa03.jpg

この絶妙なアンバランス差を考えた虚淵氏はさすがと褒めたいポイントでもあります。
色んな解釈ができる部分です。

とはいえ、総監督のいう『花畑のまどかが本物』っていうインタビューは、
まとめサイトから言葉を借りるならば、ゴリ押し過ぎじゃありませんか?

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考えの余地すら、もらえません。

前述でも書きましたが、泣いているほむらを辛くしないようにあやす。
そういうシーンにも見えなくもないのです。
それが友だちとしては、ある種当然のような、まどからしさ。
まぁ……そう考えると……本物……なのかもしれませんね。
だけど、何か……どこか違う気がします……。
『ほむらがまどかにそう言わせようとして、まどかに自分の想いを語った』
そう解釈してもおかしくない状況だったと思います。

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魔法少女まどか☆マギカとは、
『まどかからほむらへ、そしてほむらからのまどかへ』の物語だとは思うのですが、
仮にこれが違うキャラクターに本音を暁美ほむらが伝えていたのであれば、
どうなっていたのでしょうかね?

さやかであれば、「そうやってすぐに自分の世界に入ろうとするのはよくないことだと思うよ」
杏子であれば、「確かにそいつのことをしってんのがあんただけってのはつらいかもしんねーけどさ……」
マミであれば、「そうね。わたしにもそれは耐えられないかもしれないわ。でも暁美さん。あなたにはわたしたちがついているわ」

という感じな展開があったのかもわからない。

しっかしながら、見直しても総監督の言葉はしっくりきませんでした。


インタビューでそう答えなくても良かったのに……。
逆に何かストレート過ぎて、ゴリ押し感しか残りません。

さて、まどかの本心、ほむらの本心と書いてきましたが、そうすると疑問が出ますね。

暁美ほむらと、鹿目まどかは友だちであるのか、否か。

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まぁ、アルティメットまどかに聞けるのは消滅する時だけなんですが、
結局神さま視点のまどかさんから、何も聞けてないってことは、ほむらのジコチューですよね。
ほんと欲望だけしかない。
正直、あの場面でのまどかの感情はある種当たり前の反応だと思うのです。
独りぼっちは、誰だって怖いし、寂しいです。
同情のような気持ちすら出るかと思います。
だって、それは神さまじゃないただの中学生『鹿目まどか』なんですから。

あのまどかがほむらを三つ編みにしようとしていたところも新編の疑問点というか、ポイントですね。
あの行動は、
『鹿目まどかから見える暁美ほむらは、弱い暁美ほむら(メガネほむら)』
という解釈もできるかと思います。
昔の鹿目まどか(暁美ほむらを守っていた)、いわゆるほむらが望んでいるまどかそのものに見える。
出来すぎレースじゃないですが、ほむらの望んだ答えが目の前にある不思議。
もうちょっとオブラートに包んで、誤魔化しが必要だったのかも……?

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「絶対に、今日までのほむらちゃんを無駄にしたりしないから」


ほむらは、『まどかとずっといたい』って、本心を叶えた。
まどかのいる世界、まどかが辛く思わない世界、孤独にならない世界。
素直になったというのか、開き直ったというのか、欲望を解き放ったというべきか。

幸せ出会った頃のまどかで、あり続けてほしいと願うほむらという意味かもしれない。

でも……暁美ほむらは、アルティメットまどかの本音を聞けていない。
これは友だちであるか、ないかを判断するポイントだと思います。
神さまでないまどかは、まどかじゃないってのは変ですが、そういうことだと思うのです。
『あなたは鹿目まどかよ』と涙するのはいいのだけど、何か違くね?
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確かにまどかさんに変わりないかもしれない。

そんなほむらさんが勝手にそう思い込んで、自暴自棄になるのはいいのですよ。



最後……インキュベーターのシステム破壊したように見えたんですが?
ダメなんですか? なんでほむらは円環の理の中に一緒に入られないの?
それこそ、
『一人ぼっちになっちゃダメだよ』です。

まぁ、欲望に素直になるっていうなら、
全てを自分のものにしたいって意味あいで考えるなら、わからなくもない。


つっこみどころを色々と書きましたが、
なんていうか……ほむらは不器用な人過ぎて悲しくて、つらいです。
かわいそうな娘だと思います。
例えるなら、ほむらは悪い宗教にハマった娘。
過去の栄光にすがるっていうのは、あれなんですが……。
結局、ほむらは昔の鹿目まどかが恋しいんでしょうね。
赤のリボンを戻して泣くってことは、決別って意味と、過去の鹿目まどかにしたいあらわれだと思います。
「やっぱり、貴女のほうが似合う」(こんな台詞でしたか? 黄色から赤色へ
その前のマミ、杏子、さやかに行ったことも言ってみれば叛逆の意味、決別の儀式でしたね。

ほむらは、まどか信仰者です。
鹿目まどかによって、人生を狂わされた少女だと思います。
まぁ、インキュベーターがそもそも悪いのは当然の事実です。
ほむらは愛だかなんだか言っていますけれど、
本当に相手のことをわかろうとしようとしていません(アルティメットまどかの本音を聞いていない
人間ぶってるだけな娘に見えます。
時間遡行した影響で、ほむらはもう壊れてしまったのだと思います。

ほむらが時間遡行をしても、鹿目まどかの本質は変わらないはずです。
『昨日転んで骨折した人』『昨日転ばなかった人』
同じようで、別に思えませんか?
それが、過去の栄光と感じた原因です。
まぁ、書いている本人もよくわからないことを書いていると理解しています。
例えが思いつきませんでした。
一番好きだった頃のまどかのままでいて欲しいっていうことなのでしょうが。

だからこそ、友情、愛情ってなんですかってことに辿り着くわけです。


実はこれ視聴者の顔なんじゃないかと最近思ったり、しなかったり。




さて最初の方にパンフレットをなぜ読まないで欲しいかと書いたのかというと、
製作者が言ってはならないことが書いているからです(個人的にそう思っているだけです。

新房総監督『今回は何度も楽しめる映画になっているという感じがあります。一度目はストーリーを追っていただいて、二度目以降はネタを見つけて楽しんでいただいて、ファンのみなさんでもらえればうれしいです』
宮本監督『結末については人によっていろんな解釈ができると思うので、何度も見て考えてほしい』
虚淵玄氏『誰もがその続きを考えたくなるような作品。そういう作品にしたいと思っていたんです』

これを単純に違った目で解釈すると、
『一度見てもわからない作品にしましたので、勝手に視聴者で考えてね! 
 でも、花畑は本物のまどかだから! 勘違いすんなよな!』

という風に受け取れなくもないのです。
そういう解釈をしても良いのですよね?

ちなみに私は魔法少女まどか☆マギカは大好きですよ!!
それこそ、愛です!

ですが、このパンフレットに書かれたインタビューで
少なくとも総監督、監督は嫌いになりました。
虚淵氏は少なくとも嫌いにはなれない……ですが問題発言が多すぎます。
少なくとも区切りのいいところで終わらそうとしていたのは評価します。
ですが、初期プロットのまま、貫き通す意地を見せて欲しかったです。
そこを意地でも通すのもプロだと思うのですよ。

ってかさぁ……ほむらが円環の理に導かれてまどかと一緒に消え去ったら、
魔法少女まどか☆マギカが完結すると監督たちは思っていたのですかね? 
スタッフたちは何も思わなかったのですかね?

無理やり感というか終わり方(加えた部分)が雑すぎると思います(ゴリ押し感が強い?
初期プロットのままにしてほしかった。
それでも続編十分作れるでしょ? できない理由がどこかにあるわけ?

例えで出しますが、『劇場版 あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』
この作品は後日談として、一年後の世界で『あの花』の世界を再び振り返ることをしています。
総集編でありながら、彼らの未来を一人ずつ綺麗に描いていました。
この映画の終わり方はある意味で、『戦いはこれからだ』なのです。
言葉を変えれば、『僕たちはいつまでもずっと仲良し』ですが、納得のいく戦いはこれからだでした。
(戦うのは、女性の二人の恋愛かどうかは置いておいて
まとめ方といい、興行成績は特典商法などを行わずして、かなりの好成績をはじき出していると思います。
それだけの良さを持った作品だったともいえます。
1月から劇場限定公開する場所もあるようですし、確か一日一回しかやらないけど結構やっていた劇場も
中にはあったようにも思えます(そして満席だった記憶も
特典は、各週で違うキャラクターのポートレート、大ヒット御礼!来場者特典)とあるにしてはありましたが、
欲しいキャラクターの週に見に行けばいいですし、必ずそのキャラクターのポートレートがもらえるわけです(数量限定ですが
まぁ特典商法うんぬんはこの考察から大きく離れるので、触れません。
ここで出した理由といたしましては、続編をやりたいのであれば、他にもやりようはあった。
ということを、言いたいだけです。

絶望する作品にしたかったというのであれば、十分絶望は感じました。
視聴者は悪魔化ほむらなんてものを見せられなくても感じていたでしょ?
だからこそ……私は『こんな作品を本当に作りたかったの?』って思います。
それこそ、愛です。
スタッフに愛はあったのか。

正直なところ二期やりたいというよりも、お金を稼ぎたいのかなって少しだけ思ってしまいました。
そう思った自分に後悔しています。一度そう考えると感情はその方向に持って行こうとします……。
とはいえ、お金がないと作品が作れないのも事実。
アニメーターは大変だいうのも事実と、多少なりとも知っています。

ですが、ですが……なおさら監督たちのいう続きをやりたいっていうなら、
続ける方向性をそもそも変えればいいと思うのです。
仮にもスピンオフ作品があるじゃないですか。
彼女たちにスポットを当てて、話を作るのもありだったと思います。
必ずしもあの五人でなければならない必要性はないです。
「これで満足ですか?」
私は監督たちにそう聞きたいです。
仮にあの五人であっても、例えば別の時間遡行の物語を描いてもいいわけですよ。
暁美ほむらの絶望と希望というのか、それはまだまだ語りきれていないと思います。
視聴者で、暁美ほむらの感情がわかる人なんていません。
もっと彼女の心情がわかる時間遡行(十話メインの物語)の話でも良かったと思います。
少なくとも、活躍はできます。
続きを書く。
それは重要なことなのでしょうか?

全部が全部蛇足だとはいいませんが、パンドラの箱を少しつついて開けてしまった。
そう思えてなりません。

……サイエンス・フィクションは難しいなぁ。
その感情をパンフレットは見事に破壊してくれました。
パンフレット読んでて、泣いて泣いて……破り捨てたくなりましたね。

虚淵氏のインタビューなんですが、『ないわぁ』って思いました。

虚淵玄氏のインタビューに、
『まどかはこういうふうに人が成長していくドラマなんだと解釈してもらえば嬉しいですが。それは見た人次第でしょうね』
とあります。確かにどう解釈するかは見た人次第です。千差万別です。
でも、前後の文章に『ブレる』、『成長した』というのがあるんですが、
私はどっちも違うと思います。
私の考えって間違っていますか?
まぁこれも千差万別で、違うって思う人も、そうだという人もいるとは思います。

ですが『成長した』というならば、そもそもあんな未来を考えないような気がします。
成長って……まどかの想いを受け止めて上がるから……成長なのでは?
悪い方向に成長ってのもまぁ『大きくなる』という意味では、まどか崇拝が大きくなったわけで成長したといえなくもないですが……。 
偽物の本物であるまどかの言葉ではありましたが、そうだとしても実行したのは因果律そのものを変えたのはまどか自身なわけで、ほむらは受け入れないといけないはずです。
言ってみちゃえば、ほむらのやったことは『ただの現実逃避』なんじゃないのかなぁと。
それは成長といえるのか、いえないのか……。
欲望力が増えたも成長……というのかなぁ。

『ブレる』というならば、まどか☆マギカ(本編)でもこういう娘だったと思います。
それはまぁ、劇中でも『そういう契約を~』みたいなことを言っていたような気がしますし、まどか一筋。
それ以外は望んでいないような……?
まどか信仰者なのは変わりません。

うーん……強いて成長したのだと仮定して書かせていただけるなら、
まどかのいる世界(他の友だち含めた)が大事に思えるようになったと思えば、
成長かもしれません。
まどか一筋じゃなく、他も見れるようになった。
まどか以外の人、インキュベーターもどうにかしなきゃいけないと(あれ、でも作中で殺していたりしたしなぁ
幸せのまどかってのは、ほむら決めるべきものではなく、そもそもまどか自信が決めることです。アルまどはまどかなんですよ。そこに幸せがあるのかないのか、ほむらが決めるべきものではない。
だからこそ、成長ではない。


こうして書いてはみたものの、やっぱり虚淵氏の言葉は何か違う気がします。

そして『本当の意味で成長』というならば、水凪さん水凪工房)が描いてくださった――、

こういう『お姉さんぶった暁美ほむら(巴マミポジション)』の未来もあったのかなぁと。
成長って言葉は、難しいものですね。悪い方向も成長ですし、上記のイラストも成長。
受け取った自分次第、相手次第ということなのでしょうが……。

そして虚淵氏は、その続きのインタビューの答えにて、
スター・ウォーズを王道作品として例にあげているんですが、激おこですよ!
まどかとスター・ウォーズは比較できるものではないと思いますよ……さすがにそれは自画自賛過ぎませんか?
アナキンは積み重なって、積み重なって、結局自分で運命を実行してしまったのですから。
(1~9話)、10話に詰め込んだのと、エピソード1,2,3はわけが違います。
そして続くエピソード4,5,6と最終的にアナキンは帰ってきます。
ここの部分の愛は、違うんですよね。うまく説明できないです、すみません。

このSWの話題はまどマギ新編が続くか否かでまた違った評価になるとは思いますが、
現段階でいう話ではないと思います。

『誰もがその続きを考えたくなるような作品。そういう作品にしたいと思っていたんです』(ニッコリ
ニッコリだったかは不明ですが、はぁ?
みたいな感じですね。視聴者任せですか……?
でも、監督たち続きを作りたいんですよね? 
なら、あなたが書くことにおそらくなると思うんですが……。

個人的には、続きを書きたくないってか、
もうサイエンス・フィクションって何回書いたかわかりませんが、
何でもOKな作品になっちゃったと思うんですよね。
自由に作れるっていえば、作れるんですがそういう言葉って、
『感じ取ってほしいメッセージ』のようなものがあるならともかくとして、
口に出すことじゃないかと。

最後に公園でひとり椅子に座っているシーンで、物音に振り向く時のほむらの顔もそうですね。
あれは、もしかして、まどかがきてくれたのかなっていう期待した顔なんです。
でも、来たのはキュウべえでした。
そういうことじゃぁ、あそこのほむらの飛び降りるシーンがまさに感じ取ってほしい部分じゃないかなと。


あの後どうなったんだろうって、普通に思うはずです。
それをわざわざ言わなくても良いのに……。

私はこのパンフレットのせいで、正直魔法少女まどか☆マギカが嫌いになりそうです。

『シャフトスタッフのことは嫌いになっても、魔法少女まどか☆マギカは嫌いにならないで下さい!』
ってことですか(とある方の言葉をオマージュさせてもらいました



劇場版『まどか☆マギカ 叛逆の物語』ほむら派閥表が作られる!あなたはどの派閥?

748: 名無しさん@お腹いっぱい。 2013/11/08(金) 17:52:06.64 ID:ltirNqC40
悪魔ほむら派閥

├─ 悪魔ほむらは正しいよ(ほむら肯定派)
|  ├─ まどかやさやかもなぎさも蘇って完璧な終幕だよ(ハッピーエンド派)
|  ├─ 本当はみんなと仲良くしたいのに関係を断ち切ったほむらは可哀想だよ(使い魔本音派)
|  ├─ 初めてほむらが本音を見せたから許してあげようよ(ほむら同情派)
|  ├─ まどかの願いはほむらの想いを無視してたよ(ほむらの願い尊重派)
|  └─ 本編からしてこうなる事は自明だったよ(ほむら心情派)

├─ QBが悪いんだよ (QB絶対悪派)
|  ├─ あんな実験をしたから自業自得だよ(QBざまぁ派)
|  ├─ あのまま円環されたら後々まどかはQBのものになってたよ(悪魔妥当派)
|  ├─ QBに感情が生まれてまた逆襲してくるよ(続編待望派)
|  └─ QBもいたぶられて喜んでるよ(ほむQ派)

├─ 悪魔ほむらは間違ってるよ(ほむら否定派)
|  ├─ 使い魔もいるしまどかは目覚めそうだし不安定な世界すぎるよ(バッドエンド派)
|  ├─ ほむら自身が幸せになってないよ(まどか視点派)
|  ├─ まどかの願いを否定してるよ(まどかの願い尊重派)
|  ├─ エゴだよそれは(アムロ派)
|  ├─ ほむらは気が狂ってるよ(ほむらヤンデレ派)
|  └─ 唯一敵対しているさやかに倒して欲しいんだよ(さやほむ派)

├─ 悪魔ほむらは可愛いよ(悪魔崇拝派)
|  ├─ 全員救ったほむらは悪魔じゃなくて女神だよ(アルティメットほむら派)
|  ├─ 記憶改竄とか凄いよ最強だよ(悪魔万能説派)
|  ├─ 指先でつんつんされたいよ(QBちょっと変われ派)
|  ├─ 悪魔ぶってるほむらちゃん可愛いよ(私って悪魔ね派)
|  ├─ 毎回まどかを抱きしめたい口実を作りたかったんだよ(ほむまど派)
|  └─ 悪魔になってもまどかの前ではヘタレなんだよ(まどほむ派)

└─ 愛よ(愛なら仕方ない派)


この派閥の中で入るなら、悪魔ほむらは間違っているけど、正しい派。
それとも正しいけど、間違っている派かもしれません。

まぁ、一番正直なところをいえば、魔法少女まどか☆マギカに哀しみを抱くでしょうか。
あの作品を否定派に実は近いのかもしれません。
パンフレットが全て悪い……!(キリッ





まぁ……あぁだこうだ……途中でも書いていたのですが、考察は下からです。

ハッピーエンドか、バッドエンドか。


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これはまぁ、人それぞれだと思います。
だって、関係のない人たちはそれこそ、まどかが概念だろうが、なかろうが関係ありません。
関係あるのは、まどかの近くにいた人、そして魔法少女だけです。

なぎさはチーズ食べたいだけなので、どうでもよさそう(ハッピー
さやかは文句いいながらも、仁美や上条と話せることに涙する(ハッピー
マミ、なぎさと再会して、楽しく過ごす?(ハッピー
杏子、さやかと再会して仲良くなって(ハッピー
まどか、へんな人(ほむら)に案内されてるけど、何かが違う気がする(現状ハッピー
ほむら、まどかもほかもいる(現状ハッピー
キュゥべぇ、ほむらの変えた因果律に埋め込まれた、ぐぬぬ(アンハッピー

あれ、ハッピーじゃんとか思いますが、
mado001.jpg

まどかは最後の会話シーンでアルティメットまどか化しかけたこともありますし、
『欲望』と『秩序』から、まどかは『秩序』を選んだということでほむらと決別宣言をしていますので、
最後は戦う運命になるのでしょう。
ってことは、アンハッピーエンドと呼べるものに属するかも知れません。

madohom04.jpgmadohom07.jpg


お互いがジョーカー(概念、ほむらはパッチ概念?)になった。
あれ、やっぱ仮面ライダー剣じゃないか!(ドヤ顔



この時に、結末を見て仮面ライダー龍騎よりも、仮面ライダー剣が浮かんでいましたが、
明言していないので、私以外わからないので、解釈次第では嘘になるかもしれませんね!

でも、なんでしょうかね。
アルティメットまどかの一部しか奪い取れていないようですし、結局ほむらは破滅ですかね。
まどかを救うという自己犠牲、まどかの想い(アルティメットまどかでの想い)を無視したという自己満足。
少なくとも、インキュベーターから人類を救えたのかなぁ……?

ある種、ほむらは誰かが殺してくれるのを待っているのかもしれません。
放火魔が証拠を残して、誰かが自分を止めてくれるのを待っているようなやつです。
そういう観点で考えるならば
自分自身が壊れてしまったのを理解しているけど、認めたくない状態なのかもわかりません。
『暁美ほむら(悪魔、魔女)は、鹿目まどかたち(魔法少女)に殺してほしい(助けて欲しい]』
そういう願望、欲望が心の奥底ではあるのかもしれません。

もしくは暁美ほむらは、鹿目まどかに円環の理に導かれることに、
素直になれないのかもしれません。
『私は救われていいのだろうか……?』
こればっかりは、暁美ほむらにならないとわからない心理ですね。

さてほむらの心理はおいておいて……残る問題は『魔獣』ですかね。
こいつがいついなくなるかですよ。人の心がなくならない限りなくならない気がします。
魔獣がいなくなったら、とかほむらがいいますがその可能性はほぼないと思います。
『いじめ問題』や『ブラック企業問題』や『友人関係』や『親子関係』等。
心に負荷がかからないことはないのですから、魔獣は生まれ続けるはずです。
まぁ、全員がインキュベーターと同じになれば話は別ですが。

そのため、アルティメットまどか化をほむらは防ぎきれずに戦いが始まるという説が一番ですね。
まどかに殺されるなら、別にほむらは逆に嬉しいんじゃないでしょうかね。

見直して、気が付いた点ですが。
円環の理と引き離されて、美樹さやか、百江なぎさはいうなれば『ほむらの世界』に引き込まれたわけですが、『円環の理』自体そのものは引き込まれていないのかな? と疑問に思いました。
他の魔女たちの人間状態が分かればいいのですが、そこは公式にもないので不明点です。
そういうわけで『アルティメットまどかという円環の理のコア(本体)』と呼べる部分と、
『鹿目まどか』は分離した状態であるわけですが、円環の理自体はどうなったのでしょうかね?
そういう風に考えてみると、ほむらを救うためにカバン持ちとして、
さやか、なぎさがきたようにまた誰かがやってくる可能性もある。
そういう意味だと、続編作れそうですね(震え声 


でもそうすると……ほむらの未来は確定。
死んでも、生きてても、まどかです。
『HAPPY DEATH!?』
アルティメットまどかに覚醒した状態(戻ったとしたら)に鹿目まどかはまたなっても、
暁美ほむらをまだ助けようとする……のかなぁ?
まどかも深くて重い愛があるなら、きっとまた助けてくれる気がしなくもないです。

色々なことを考えてきましたが、ほむらはやっと生きることを楽しみ始めたとも言えなくもないかもしれません。
ほむらが崩壊しても(いなくなっても)、インキュベーターが手出し出来ない(解釈的には疑問点)のなら、
幸せな空間を作った自分に酔って、ずっと孤独な観測者でいられるわけです。
まどかが望んだ世界。そして、まどかのいる世界を見ていられる。
そんな愉悦感ですかね。
楽しそうですが、理解できません。
だからこそ、どこかで心が壊れてしまった(歪んでしまった)のでしょう。
hom19.jpg





書き終えましたが、脳内イメージが表現できるようになった時に更新しています。
見なおす時間もあれば、また行こうと思います。
そのときに、また何か印象が違ったり、考察事項におかしさを感じたら、修正していきます。
監督が仰るとおり、何度も見ると解釈が変わるキャラクターとストーリーなのでしょうから、
たったの数回程度じゃ、真実は見えてこないのかもしれません。

最後にここに書かれた文章はあくまでも私の妄想、感想ですので、その部分はご了承ください。
そしてここまで読んでくださった方、ありがとうございました。
感情めいた部分が多々あって、「何言っているのこいつ?」って思うことが多々あったかもしれません。
不快な思いをさせてしまい、大変申し訳ございません。
本当に申し訳ございません。

ですが、感情をこめないと最初の方に述べたように友情についてのトラウマが脳裏をかすめて、
どうしようもなかったんです。

魔法少女まどか☆マギカ大好きです。




参考になるサイトさん類

考察ごとですと、こちらも見ると研究材料が増えるかと……(悩みごとが逆に増えるかも知れません

【ネタバレ注意】劇場版『まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語』考察まとめ

【ネタバレ】映画『劇場版 まどか☆マギカ [新編] 叛逆の物語』の話の内容www【感想・考察】

『魔法少女まどか☆マギカ 叛逆の物語』の物語構造<ネタバレ注意>

「劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語」をクラシックバレエから考察してみた

ほむらがどうやって世界改変したのか考察、初投稿

【まどマギ】『小池一夫×虚淵玄 対談まとめ』 「まどか続編が出たらさやかは主役?(孤高のヒーロー)になる可能性はある」 「子供に”闇なんてない”って教えてる事は凄くマズイ教育だと思っている」



もう1度観ようか迷っているアナタのための新編『まど☆マギ』論!

しかし、一度チューニングが合えば、夢の様な世界に酔う事が出来る。1週間ほど間を空けて、再度劇場に足を運んだところ、これが嘘の様に入り込めてしまった。ストーリーを追わなくていい分、ビジュアルに身を任せ、画面に散りばめられたアイコンを自然にキャッチできたのが大きかったのだろう。


『それって、感覚麻痺しているんじゃ?』というつっこみはダメですかね(すみません



新編「魔法少女まどか☆マギカ」の評価が賛否両論激しく分かれる理由

だからキャラに思い入れのある人は、一秒一秒が全部ネタバレなんですよ。
一個話すと芋づる式にネタバレネタバレ。
誰が何をした、っていう一つ一つが会話のネタになる。
それを話して共有したいから、何も言わずに「見に行って!」ってなる。


なるほどな、そういう考えも……。
でも、公式がやたらとネタバレしてくるのはどうかと思ったりもします。


『まどか☆マギカ』新房昭之総監督、意外な心境も…制作時を振り返る

【特報】『魔法少女まどか☆マギカ(まどマギ)』の続編を構想中であることをアメリカのANIME EXPOで虚淵玄氏が明らかに!「今シャフトと一緒に、必死に続きを考えている最中。」

アメリカ合衆国ロサンゼルスで本日7月3日から開幕したAnimeExpo2014において、ニトロプラス・虚淵玄氏のトークショーが行われました。

トークショーの中で虚淵氏は『魔法少女まどか☆マギカ』の続編について、

「魔法少女まどか☆マギカは、勢いに任せて書ききった作品。当初はまさかこれほど世界中の人々に見られるようなアニメになるとは思っていなかったと述べ、続編については、今、必死にシャフトと一緒に続きを考えている最中。」

と述べ、「劇場版魔法少女まどか☆マギカ叛逆の物語」の続編が虚淵氏をはじめとした制作陣の中で構想内にあること明らかにしました。

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七つの海の空の上♪ at 2013.11.04 16:25
この記事へのコメント
>>高枝切鋏 様

コメントの方、再びありがとうございます!

なるほど……蓋が取り除かれた状態ですか、そういう解釈の仕方も素敵ですね。
可能性がないとは、とても言い切れません。

抑圧され、まさに弾けた。

そういう意味だと花畑の一つの蕾が開花したシーンと、別の言い方もできるかもしれないですね。

ただ、パンフレットで監督たちがわざわざ『本当のまどか』と語るのはどうかと思いますが……ノーコメントでよかったんじゃないかなぁとは今も思います
結局そのせいであそこに意味があるように(都合よく言っているように)しか見えなくなるという皮肉めいた状況……。
パンフレットを鵜呑みにするのもよくないことですが、製作陣のインタビューですしバカにはできないのですよね。

>>あの花畑でのシーンに無理やり意味を持たせた解釈をしてしまいましたが、真相はまどか本人にフェアな状況で尋ねなければ分からないと思います。
確かに仰るとおりかと思います。
そこがわかるのは、次回作になるのか、プロダクションノートなどの設定集にのるのかどうかですね。

早速の返事ありがとうございました!




Posted by 日宮理李 at 2014.10.26 14:54 | 編集
連投&長文で申し訳ありません。

まどかの「本音」に関してなのですが、そこはかなり複雑ではありますよね。

例えば、一周目のまどかの場合。
ワルプルギスに殺される直前、彼女はほむらに笑顔で別れを告げていますが
その笑顔を根拠に一周目のまどかは望んで命を差し出したのだとはならないように思うんですよね。
三周目でほむらにお願いした時も同様なのですが。

まどかは最終的にはやむを得ず自己犠牲を選んでしまったのの、その裏には人として生きたいという当然の想いが抑圧されており、
今回まどかが花畑で吐露したのはまさにその「抑圧された」部分だったのではないかと。

円環の記憶という蓋が取り除かれた結果、まどかが持ち続けていたもう一つの感情が漏れ出してしまった瞬間があそこだった可能性もゼロではないと思われます。

あの花畑でのシーンに無理やり意味を持たせた解釈をしてしまいましたが、真相はまどか本人にフェアな状況で尋ねなければ分からないと思います。



Posted by 高枝切鋏 at 2014.10.26 03:45 | 編集
>>高枝切鋏 様
コメントの方ありがとうございます!

書いた記事の内容がうろ覚えだということもあり、まともな回答になっていないかもしれません。
申し訳がありません。

コメントの返事の方を致します。

未練があったという説は否定致しません。
可能性がないとは、いえる状態ではないです。

一種の諦めの部分ですが、ここはどうでしょうか?

そこは、まどかなりの優しさがあったのではと。
少なくともまどか神様は、ほむらを助けにくる際に笑っていました。
それだけの、強さ(心)を持っていたんじゃないかとも思われます。
(ここの部分はほむら自身が、叛逆の物語で言ってます。

そう考えてみると、
いわゆる本当のまどか(監督たちのいう)と設定付けられている花畑のまどかが、
あそこでなぜ本音をいったのか疑問に思います。
ほむらに聞かれたから、答えたということではありますが……。

そもそもほむらがまどかの願いのために魔法少女になった理由は、
『私は……。私は、鹿目さんとの出会いをやり直したい。彼女に守られる私じゃなくて、彼女を守る私になりたい』
であり、なおかつまどかにこう言われます。
『キュゥべえに騙される前のバカな私を、助けてあげてくれないかな?』
この想いから、
『約束するわ。絶対にあなたを救ってみせる。何度繰り返すことになっても、必ずあなたを守ってみせる!』
となります。

劇中10話のまどかをみる限り、本音を言えない少女ではなかったのではないかなと思います。

そうしますとまどか神様になりいった台詞の中に、それらが入ってないのは違和感があります。
『本当にそれが叶ったんだとしたら、私だって、もう絶望する必要なんて、ない!!』
といって、自分に降りかかる呪いを消し去ります。
『みんな、みんないつまでも私と一緒だよ』
そしてこんなことを口にします。

だからこそ、まどか神様になっている「今」が大事ではないのかなと思われます。
神様になった後も嫌なのか、辛いのかが大事に思えます。
そこが叛逆の物語では、描かれていないのです。

なぜ『今』に注目するかというと、魔法少女の存在意味【TV(前編後編)】が問われる可能性があると考えられるためです。
叛逆の物語は、魔法少女を救うための犠牲が、ほむらただ一人のために無駄になりました。

というのも『あなたを守る』といったはずのほむらが、あのソウルジェムの中の世界を作り出しました。
それはいったいなぜなんでしょうか?
インキュベーターにまどか神様を支配させないためには、まどかをあの世界に引き込んではそもそもいけないのです。

だからこそ、悪魔化できるという確証がない限り、この部分は疑問が浮かぶばかりです。
あの世界の成り立ち。そこが重要だと思います。

本心を聞くためならば、円環の理に導かれた後でも聞けます。

さやかの場合は記憶があるから、描かれたのだと思われます。
例えば、円環の理に行くと、その存在の記憶が抹消されるというのであればどうでしょうか?
おそらく心残りはなくなります(忘れられる寂しさはあるかもしれません

ですが、美樹さやかという存在が、あの世界には残っています。
だからこそ、まどかによって円環の理へ導かれたことで、心残りはあるが救われたのです。
『この未来で良い』と。

そして、このさやかも『本当のまどかに会える』と言っています。

ということもあって、やっぱり本心って結局どうなんだろうと不思議に思いました。

素敵なご指摘ありがとうございました!

また、長文であり、意味不明の羅列が含まれているかもしれず、大変申し訳がありません。
Posted by 日宮理李 at 2014.10.24 21:11 | 編集
まどか神様の本心は実際どうなの?という部分に関してですが
自分はまど神様にも一応未練はあったと思いますよ。
円環されるまでの間、家族や仲間に囲まれて暮らしていたさやかですら「杏子を残して死ぬのは心残りだった」と言っていましたから。
家族から忘れ去られ、人としての未来が消えてしまったまどかにも何かしら思う所はあったとする考えの方が個人的には説得力があります。
直接辛いと口に出さないのは、口に出した所でどうしようも無いという一種の諦めも含まれているのではないかと。
Posted by 高枝切鋏 at 2014.10.23 01:17 | 編集
>>あ 様
コメントの方ありがとうございます。
返事のほうがだいぶ遅くなり大変申し訳がありません。

自称考察サイトですので、そのように見えても仕方ないかと思われます。
また、偉そうに感じられたことについては、大変申し訳がありません。
日本語の書き方によっては、捉え方によってはそう思われる部分もあったかもしれません。
今後そのようなことがないよう注意致します。

また、面白いコメントありがとうございます。
無理かどうかを考えるのが、考察だと思っていますが、違いますでしょうか?
インキュベーターを消滅させても、同じような使者が現れる可能性は、高い確率であると思います。
ですが、現れないという可能性ももちろんあると思われます。

>>当企業 様
コメントの方ありがとうございます。
返事のほうがだいぶ遅くなり大変申し訳がありません。

はい、自称考察サイトです。
Posted by 日宮理李 at 2014.07.27 23:48 | 編集
>>金星の炎 様
コメントの方ありがとうございます。
返事のほうがだいぶ遅くなり大変申し訳がありません。
私もほむらファンとして、コメント頂いたこと恐縮です。

感情というのは難しいですね。いろんな勘違いで、喧嘩したりと複雑なものです。
もう止めること自体、ほむらにはできなかった。まどかを神化させたのはほむらであり、全ては自分に責任がある。
花畑のほむらもまたそのことを理解している。その想いを再認識させられたということですね。
だからこそ、それを止められるのも自分しかいない、と。
そのため、ほむらはまどかが人間で少なくともいられる世界を守る(自分が例えどうなろうと
修正がきかないというのは、間違ってないと思われます。
ほむらが追い詰められた状態だったという仮定で考えると、筋があいます。

愛はそうですね。書かれた通り、相思相愛だけが愛ではないと私も思います。
誰かを想う、その気持ちが膨れ上がったものです。
そういう意味では、ほむらというキャラクターのぶれは私も感じてないです(同意見です
人間あるまどかを、大事にしたい愛。

とはいえ、愛という言葉であの現象を引き起こせるのかは、別問題じゃないかなと私は思います。

そのため、悪魔ほむらなら、物理的にまどかを殺せるという想像が私にはできないので、そこだけは不明点です。
ですが、そういう可能性もあるという意見ありがとうございます。
その可能性が頭に浮かび次第、考察事項に追加させて頂きます!(お名前もご迷惑でなければ、ぜひ明記させてください

救いは、確かにないかもしれません。
ですが、映画(前編、後編、TV版)の後に、奇想天外なやり方でまどかをある種の救いへ導いたほむらを作り出すことが出来たのなら、
何か他のやり方で、ほむらを救ってしまうのかもしれませんが、それが彼女にとって救いなるのかは、また別問題ですね。
ほむらの胸の奥底にある想いは、救いを求めているのか、そうじゃないのか、わかりません。
結果だけでいえば、叛逆の物語は、まどかの救いをほむらは求めて行動した映画だったのかもしれません。
まどかを想ったが故に、まどかをソウルジェムに閉じ込めた。
まどかを想ったが故に、まどかをアルティメットまどか(円環の理)という人ではないものから、切り離した。

ほむらの心が決まったのは、魔女化した後。
ご意見の方ありがとうございます。
こちらに私の考察を申し上げさせて頂くならば、魔女化した後の行動は全てほむらの演技となるんじゃないかと、違和感です。
金星の炎様がコメントしたかったのを勝手に解釈させて頂きます(間違っていたら申し訳がありません)と、
魔女化後というのは、魔女化した後にまどかと再会した時じゃないではないか、と。

違和感というのは、魔女として死のう、悪魔(まどかを人間として助けよう)になろうと、
どこまでほむらが思っていたのかが不明だからです。
まどかのため(円環の理の力をインキュベーターに知られないためにソウルジェムの中で死ぬ)
まどかのため(世界を敵に回したとしても、自分が全ての因果を背負う)
この2つを同時に思考するのは、悪魔化が可能であるという認識をほむらが持っていないとそもそもできるわけがないのです。

そもそもまどかの因果律を狂わせて、いわゆるアルティメットまどかになったのは、
ほむらの因果律の中心点にはまどがいたからです。彼女に対する愛があの結果を産んだ。
そのため、まどかのソウルジェムはほむらが時を遡行するたびにパワーアップした。
そして、魔女化の概念を書き換えるまでに、強力な存在にまどかはなった。

叛逆の物語は、その理由がありません。
仮にほむらの因果律も強くなっているのであれば、普通にワルプルギスの夜を倒せる可能性もあるはずなのです。
この部分に関しましては、考察内容に書いてあるため、省略させて頂きます。 

コメントの方ありがとうございました。
そして、ご返答が遅くなり申し訳がありませんでした。




Posted by 日宮理李 at 2014.07.27 19:36 | 編集
考察サイトなんて、,99%自称考察サイトな気がするけどな。
Posted by 当企業 at 2014.06.02 02:26 | 編集
そもそもこの自称考察サイトの俺の考え見てよ!感がすげえうざい。見ててムカつきました。インキュベーター消滅は多分無理な願いでしょ。魔女が発生しないようにしても魔獣が現れたように、インキュベーターを消滅させてもにたようなやつらが現れるだけでしょ。つうか自分だったらこの時こうするっていうのが子供すぎる気がするんだけど?後からこうすれば良かったっていうのはバかでも言えるからね。自分はこの作品面白かったとか自分には合わなかったとかならわかるけど偉そうに語ってんじゃねえボケ。気分悪くしたじゃねえか
Posted by あ at 2014.06.01 09:01 | 編集
コメント失礼します
劇場のDVDを見てからここ来ました
でこの考察 (幸せのまどかってのは、ほむら決めるべきものではなく、そもそもまどか自信が決めることです。)を見て全くその通りだと思いました そして 私は永遠の物語終了時点の ほむら(いや花畑シーンまでのほむら)もその事はわかっていたのでは無いかと思います
事実ほむら視点からはまどかに救いは無いがまどかが選んだ道だから受けている感じがとれましたし 花畑着くまでは結界の主にまどかの思いを無下にしていると怒ってます

しかし 彼は花畑で「私はなんて愚かな間違いを...」って言ってます
花畑で会ったのはまどかです しかも[本物]のまどかです ポイントは記憶操作で中学生時点での記憶しかない点 つまり女神のことは忘れてしまってますそして 会話から もう既に選択したのにそんな時選択する勇気は無い発言から女神化の時の思いも忘れてるはずです しかしだからこそほむら視点から見たこのまどかの言葉は重いのです それがそんな寂しいのは耐えられないと言ってます つまりまどかの選んだ選択は私の思うほむら視点から見た場合 本当は嫌だけど仕方ないから自分を犠牲にして選んだ選択 になったのだと思います
説明が下手ですいませんがつまりはもう修正が聞かない類いの勘違いです
でほむらがまどかを引き裂いたのは勘違いな思い故だと思います
愛とは何かと有りましたが私の考えでは愛とは相手を思う事だと思いました 愛とは必ずしも相思相愛で有るものではありません 片思いも愛です そして今回 まどかにとって嫌だったと勘違いした神化を解いたのはまどかを選択前に戻し今度は彼女にとって幸せを得て欲しかったのでは無いかと 仮にそれが自分が敵になる道でも彼女が選んだ選択としてまた尊重すると思います 円環を残すことでまどかが嫌(ほむら視点)である選択枝はほむら的に消して有るはずなので
あと悪魔ほむらならまどかのためにまどかを物理的に殺すことができると私は考えます(私に二次創作が書ける文才があるなら絶対書いてる) 完全に矛盾しているように書いてますが これは別に悪魔になったからではないです 
私が感じた通りの心の動きをしていれば なんらキャラはぶれてません
そしてほむらにもう救いはありません(いや本当は2つ救いはあるけどまず無理だと思ってるので)完全に破滅の道を走ってます 愛があれば何をしても許される そんなことは絶対ありません 愛は何をするのにも適した動機にはなりますが それが全部許されたらこの世は破滅します 特に一方通行な愛は最後は悲劇しか待ってません こうなってしまったほむらを救える2つの救いとは 一つはまどかが味方になることです しかし映画の最後の回答はほむらの行動を否定する内容です だから両想いになる救いはまずない これは完全に公平の権化的なキャラを愛してしまったほむらの不幸です もう一つの救いは上条当麻的キャラにソゲブされることです がそんなキャラいる世界観じゃない気がするのでほむらに救いはないです 
完全に文章能力がなくうまく伝えられてるか心配な文章ですがそれでも 
どうしてもほむらのファンとして書きたかった
 
後台詞的に心が完全に決まったのは魔女化後だと思う
Posted by 金星の炎 at 2014.05.14 03:13 | 編集
>>test様
コメントありがとうございます。
そして返答が遅くなって申し訳がございません。
書いてくださった内容ですが、aoi様のコメントが、
私がそもそも感想と定義付けている部分を指摘していますので、
それは個人の気持ちによるものとして、開き直っているわけではありません。
むしろ逆に価値観を押し付けられている状況です。

aoi様のをここでコメント返すのは変ですが、
弁解の文章を書いているつもりなのでしょうが、結局のところ私を批判しているものです。
まどか☆マギカに関する、疑問点や、考察に関することであるならば、コメントのしようがありますが、
私個人が、「善・悪」と「正しい・間違ってる」にたいしてどう思っているか。「愛」とはなんなのか。
それを答える必要性がありますか?
必要あるのであれば、答えますが……意味ありますか?

そうですね。
まどか☆マギカという作品に関して、このことを考えるのであれば、決定づけ。
つまりは設定というが大本にあるかと思われます。
そのため、0か1、またはそれ以外なのかが必要です。
よくブレたなどと言われるのは、主にここがおかしくなることから言われるのではないかと思われます。
結局、彼女たちは人間であっても、非実在生命体です。紙切れ、データなのです。
元気いっぱいのキャラクターなのであれば、間違ったことをすれば悲しむかもしれないし、逆かもしれません。
と、話が逸れたので元に戻りますが、
そういった理由から、test様がいう逃げという言葉は当てはまらないと考えられます。
逆に、aoi様のコメントに答えることが可能であれば、代わりに答えて頂ければ幸いです。

>>十ZO様
コメントありがとうございます。
そして返答が遅くなって申し訳がございません。
マミさん、良かったですよね。
髪型まで魔法で制御できるとなると、超サイヤ人風もできるかもしれないですとか思いました。

>>mdhm様
コメントありがとうございます。
そして返答が遅くなって申し訳がございません。
まどほむが好きなのですか?
私の記事の書き方が、混乱を招いた結果なのだと思います。
申し訳がございません。
Posted by 日宮理李 at 2014.04.27 18:00 | 編集
aoiさんのコメントがそもそも論点ズレてるからじゃね?

testさんは名前からして、ただ荒らしたいのか、横やり入れたいだけにしかみえないけど。
愛とか、正義の在り方をこの人にかえしてほしいわけ? それってただの哲学でしょ。
大体感想って書いてる部分にコメント書いてるんだから、逃げというかどう思われようが勝手だろ?
もしかして記事の内容読んでない?
Posted by mdhm at 2014.04.17 09:28 | 編集
金!髪!巨乳!最高で御座る!
Posted by 十ZO at 2014.04.14 23:57 | 編集
金!髪!巨乳!最高で御座る
Posted by 十ZO at 2014.04.14 23:55 | 編集
金!髪!巨乳!さいこーでござるな!
Posted by 十ZO at 2014.04.14 23:50 | 編集
貴方のaoi様に対する返信を見ると、言い方が悪くて恐縮なのですが開き直っているように見受けられます。
貴方がこの記事を考察と定義付け、その体裁を保っている限り、問題点の指摘に対して私の妄想なので悪しからず…というようなニュアンスでの返答は貴方の考察の問題点から逃げているようなものです。そこで吟味し直しその指摘の通りであれば問題を認め修正し、その通りでなければその理由と共にそれを示した方が、作品を考察するにあたっては真摯な態度であると思います。そしてその方が、自身に対しても他者に対してもより納得のいく答えが出てくるのではないでしょうか。

気分を害したらごめんなさい。考察をより良いものにする為の提案だと捉えて頂ければなと思います。
Posted by test at 2014.04.14 20:39 | 編集
>>H様
かなり返信の方が遅れて申し訳がありません。
素敵な考察コメントの方、ありがとうございます。
私なりの解釈を返信させていただきました。

>>まどかの意思への尊重の片鱗を見ることは出来るのではないかと思います。
確かにそれは片鱗に違いないかもしれないですが、
アルティメットまどかの拒否がある限り、『それは尊重しているのか?』とあやふやに思えます。
人間であるまどかしか、ほむらは結局のところ見れていないように思えます。

まどかがまどかであった頃の記憶しか奪えていない(破壊していない)のは、円環の理の力を完全に奪えないからなのか?
設定資料集が出ない限り、解釈が難しい部分かと思います。
それはつまり、
『アルティメットまどか=鹿目まどかなのか、違うのか』
が重要と思えるからです。
人間の頃のまどかを大事にしたいって尊重なのかもしれませんが、
それは人間としてのまどかを尊重したわけで、アルティメットまどかとしてのまどかを尊重しているわけではないのです。

それと個人的な解釈で申し訳ないですが、
円環の理を破壊した場合、インキュベーターの存在も消滅しかねない可能性があります。
つまりは、鹿目まどかとの出会いもなくしかねないというわけです。
というわけで、ほむらが円環の理を仮に破壊できる存在になったとしても、
不安要素があることはしたくないと思われます。

>>ほむらの一人判断
その通りだと思います。

>>円環を維持しつつ、まどか個人も人として生きられる状態をほむらは目指していたのではないでしょうか
その可能性もあるかと思います。
ただ、ほむらが何を目指していたのかを理解するのは難しいですね。
私たちは、ほむらでも、作者でもないので、心情を理解するのは困難です。
そういう意味だと……解釈次第では『愛』という表現を活かすなら、
もう二度とまどかがどこにも行かせないように生け捕りにしたという考えもできます。

別の角度から見れるコメントの方ありがとうございました。
Posted by 日宮理李 at 2014.03.15 18:50 | 編集
円環その物は破壊せず、あくまで人間としての記録だけを抜き取るというやり方に、まどかの意思への尊重の片鱗を見ることは出来るのではないかと思います。
結局はほむら一人の判断ではありますが、魔法少女の救済その物は残っている訳ですから。
円環を維持しつつ、まどか個人も人として生きられる状態をほむらは目指していたのではないでしょうか
Posted by H at 2014.03.07 05:10 | 編集
>>madomagi966様
コメントの方、ありがとうございます。
ちょっと所用で返事のほうが遅くなり申し訳がありません。

魔女の力による世界改変は私もそう思っています
(考察部分は異なりますが

リンクの方、読まさせていただきましたが、
なおのこともっとじっくり時間をかけて作って欲しかったなと、
私は思いました。
Posted by 日宮理李 at 2013.12.26 21:57 | 編集
長文&続けての投稿で失礼します。前コメントの「B.ほむらの世界改変で円環の理は働かなくなり魔法少女は魔女になる世界に戻ったのでは」の考えについては製作側からの発表で否定されました

【まどマギ】『小池一夫×虚淵玄 対談まとめ』 「まどか続編が出たらさやかは主役?(孤高のヒーロー)になる可能性はある」 「子供に”闇なんてない”って教えてる事は凄くマズイ教育だと思っている」
http://yaraon.blog109.fc2.com/blog-entry-20759.html

---以下引用---
メール「改編後の世界での魔女の扱いはどうなっているのか」
虚淵氏「魔獣がメインの世界の歪みであるのは変わらない。だから明確に魔女という存在は居ないはず。しかし、混沌を象徴するほむらがいるので、ほむら次第なんだと思う。設定は詰め切ってない。」
---引用ここまで---
Posted by madomagi966 at 2013.12.24 05:02 | 編集
自説をブログエントリで紹介してもらいありがとうございます。光栄に思います。

これはブログにも書いていなかったのですが。
この考察のポイントとして、「ほむらの世界改変はなんの前触れもなく唐突に現れたものではない」と説明できることがあります。
映画前半部分で「半魔女化したほむらが自分のソウルジェムの内部に美滝原を構築して、魔法少女まどかを具象化させていた」ことが、すべてほむらの世界改変・悪魔化の伏線になるわけです。(魔女として完成したほむらは宇宙を再構築して人間まどかを具象化させ、悪魔を自称した)

自分のブログの考察では大きく分けてA.ほむらの世界改変は魔女の力によるもの、B.ほむらの世界改変で円環の理は働かなくなり魔法少女は魔女になる世界に戻ったのでは、と2つの考えを述べています。
AとBは独立した考えなので、Bに賛同できない方もAについては考えてみてほしいと思っています。
自分としてはAの考えには自信があり、Bについては少々自信はなく、自分の願望が入っていると自覚しています。これはブログに未掲載なのですが考察スレ72の>>270->>272の一連のレスで述べている「人間まどかが復活するのならば円環の理は失われるべき」という、前作を尊重した考えです。
Posted by madomagi966 at 2013.12.23 01:28 | 編集
>>madomagi966様
コメントの方ありがとうございます。

リンクの方読まさせていただきました。
そういう発想もできるのかと、思わず頷きました。
着眼点の違いというか、他に目を向ける場所を教えていただき、感謝の言葉でいっぱいです。

それとリンクの方を解釈リンクデータ(参考データ)として、ご紹介させていただきました。
ご迷惑でしたらコメント、もしくはメールにて返答いただけると、直ちに削除します。
Posted by 日宮理李 at 2013.12.22 21:09 | 編集
1ヶ月前のエントリにコメント失礼します
叛逆の物語、考察で検索してきて拝読しました。
まどマギが好きだからこそ、新編の結末に納得できない気持ちが良くわかります。

自分もほむら悪魔化の理屈を「愛」では納得できず。
ほむらの世界改変は「魔女化したほむらが自分自身(グリーフシード)の中に展開した魔女結界に宇宙全体を取り込んだものではないか」という考えを2ちゃんねるで展開。
気付いたら膨大な文章になったためブログにまとめました。ブログ主様の参考にならないでしょうか。良かったら参照URLを御覧ください。
Posted by madomagi966 at 2013.12.22 05:03 | 編集
>>aoi様
コメントの方、ありがとうございます。大変ためになります。

この記事に書かれた文章は、文頭や文末にもありますが、
あくまでも私の妄想、感想ですので、その部分はご了承ください。

また本文中にも書いてありますが、
『解釈は人それぞれで、楽しみ方も千差万別です。押し付けるつもりも何もありません』です。


Posted by 日宮理李 at 2013.11.28 21:37 | 編集
えーと、もう少し冷静になって物語をご覧になれないのでしょうか?
実体験から物語や人物に共感する事はあれど、それらに自分の価値観を押し付けるのはどうかと思います。
ほむらの「愛よ」には私も理解はついていけませんが、物語内の行動は納得できるものでした。


愛や友情に確固たる定義は存在しないと私は思います。
世の中の人が語る愛や友情、正義はどこまで絶対なのでしょうか?
感情を持ってなされるそれらを、「善・悪」と「正しい・間違ってる」等の二極論で定義づけられるものなのでしょうか?

私はほむらの行動よりも、そういう価値観の方が怖いです。

ほむらが語る愛を気持ち悪く思うあなたは、愛というものをどういう目で見てるのでしょうか?
愛はそんな綺麗に見えるだけのものですか?
純粋さって、それを目の当たりにする受けて側に優しいものであると、本当に思いますか?






とまぁ、言いたい事を書かせて頂きましたがあなたを批判したり否定するつもりで書き込みした訳ではない事を明記しときます。
一面的な見方はどうなのでしょう?という私個人の考えという事で。
Posted by aoi at 2013.11.28 02:02 | 編集
>>ゴーダイ様
こちらこそ、TB、コメントの方ありがとうございます。

文量は気づいたら、長くなってました。
キュゥべぇいいですよね。
感情がないので、辛い感情はないと思いますが、他の惑星に旅するのって怖そうです。
Posted by 日宮理李 at 2013.11.05 22:18 | 編集
トラックバックありがとうございます。

ぎゃあああなんという文量!すごい情熱ですね。
私もQべえが一番好きです。あいつ割と働き者ですよね。単身赴任してよくわからない類人猿と交渉して・・・大変だ(^_^;)
Posted by ゴーダイ at 2013.11.04 23:32 | 編集
>>波津雪希様
コメントの方ありがとうございます。

FC2のフィルターでどうやら弾かれてしまったようです。
お手数ですがお時間がありましたら、またTBの方送って頂ければ幸いです。

Posted by 日宮理李 at 2013.11.04 17:27 | 編集
TBありがとうございます。
こちらからTBを送ってみましたが拒否されてしまったのでコメントにて失礼いたします。
ほむらの愛と言う設定でしたが、偽りの平和に納得できるのは、ほむらだけなんじゃないかと思います。旋回までの終わり方の方が、好きですね。
Posted by 波津雪希 at 2013.11.04 17:03 | 編集


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