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R.U.K.A.R.I.R.I | 【まどかSS】株式会社ティロ・フィナーレ
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2012.08.12
コミックマーケット82用に配布しようとしていた無料誌の内容となります。
配布できず申し訳ございません。

暁美ほむらが到達した一つの未来の物語。


「……ふぅ」
 今日の晩御飯何を作ろうかなと思考を巡らせながら、私はキーボードのキーをリズムよく叩いていた。特徴あるプラスチック音、その音がフロア内に響く。
 深いため息をはくと、目元に一度手を触れてから窓の外を見つめた。隣のビルがはっきりと見え、パソコンの前に座ったスーツ姿の社会人と思われる人物たちが同じように動いている。これだけ見るとロボットみたい。
 無表情で、ただ単純にボタンを押すだけの――。
「……もうこんな時間か」
 フロアの窓から見える外は、赤い空――。夕暮れが濃い青色の闇へと徐々に変貌しつつあった。時間も時間だし日も落ちる頃合いだからか。十階建てビルの九階から見える景色であっても、外で見る景色と何も変わらない。そんな印象を受けた。
 壁に備え付けられていた時計は一七時十分前を示していた。秒針が時を秒ごとに動く。あとちょっとで今日の業務は終わりを告げる。となれば考えることは決まっている。――晩御飯。
「……」
 今日の晩御飯当番は私。まどかに美味しいって言われるものにしたいけど、まどかは何を食べても『美味しい』と答えてくれるので、作るこちらとしては難しいものがあった。表情で中々判断できない。
「これでよし」
 全ての数値が入力されているのを再度確認して、決定キーを押す。パソコンがそれに応答し、実行ダイアログが動き始める。以前入力ミスしたことで膨大なデータの全部最初から打ち直したことは記憶にまだ新しい。――打ち間違いの原因は分かっている。それは単に他のことをよく考えているから。集中してキーボードを叩けば、間違えることは恐らくないだろう。
 ――でも、まどかのことを考えない時間なんてない。
 だから、まどかのせいじゃない。私の確認ミス。決定キーを押す前に再度、確認すればいいだけ。私がいけないだけなのだから。
 実行ダイアログが終わりを告げようとし、
「あっ……」
 その結果として、データ計算の結果がディスプレイに表示される。目をいくら配っても数値は変わらない。
「……」
 どうやら、今月も無事に黒字らしい。ただ、パソコンのディスプレイ画面の一項目だけは……、赤い数値――マイナスであった。
 そのデータを辿ると、――暁美ほむら。
 私の名前が見えた。
 逆に一番高いのは、杏子さやか両名によるユニット『杏さや』での売上だった。
「はぁ……」
 売上が低い理由は分かっている。私ができる仕事が少ないから……。それにその受け持った仕事自体も予想以下の売上しか得られていないから。
 だから、売上が……マイナスになっていた。挽回しようと試みてもあんまり成果が出ていない。悔しさを感じても感じるだけで何も変わらない。変化が仮にあったとしても、発芽した芽がやっと出てきたようなほんの僅かな変化。その芽が成長すればいいのだけど、それは今も叶っていない。
「……」
 杏さやは仕事が増える一方で。差が広まるばかりだ。私が仕事を終えれば、二、三つ先へ進んでいく。
パソコンのディスプレイ画面から再び目を離し、フロア内を観察する。誰もいないフロアを――。パソコンの稼働音と空調を管理するエアコンの動作音だけが耳に入る。それ以外は何も音がしない。私以外の人がこのフロア内には存在しないから。
 さやかと杏子は朝からグラビア撮影で、カバンすら席に置いていない。確か直帰すると聞いていた。そのうち、このビルの下層にある居住区部分に帰ってくるだろう。
 だから、待っていてもここには戻って来ない。まどかは確かお金持ちのペットたちの散歩業務。朝起きた時、そう聞いた。その記憶通り、確かに予定表代わりのホワイトボードに『散歩楽しみ』と書いてある。さやかと杏子は『グ・ラ・ビ・ア』と。
 ――私は……、私は何も書いていない。
 最近はこういったデータ入力か総務関係の雑務っぽい仕事しか行なっていない。でも、こういう仕事も大切なこと……のはず、そう自分に言い聞かせる。まどかは『ほむらちゃんにすごくあってるよ』とこんな私に言ってくれた。
 でも……、みんなが頑張る中、私はただ一人だけ貢献できていない。その事実だけは変えたかった。これはそのせめてもの罪滅ぼし。そう自分に言い聞かせて、呪印のように自分に刻み付ける。
「……」
 私と違って、さやかと杏子はいわばこの会社の看板アイドルだった。よく人気の雑誌表紙のグラビアを担当していた。それは巴マミも同じでグラビア界でその名を轟かしていて。
「……グラビアなんて」
 自分の身体を見つめなおす。成長することのなかった肉体だけが視界に入るだけだった。成長は中学を卒業すると同時に止まった。魔法少女はそもそも成長するのかわからない。でも、巴マミやさやかたちは若干ながらの成長を外見だけでも判断できる。特に巴マミは胸の成長がよくわかる。
「はぁ……」
 元々この会社はグラビア撮影など、つまり誰かが被写体になる仕事なんてなかった。窓掃除、ごみ拾い、人探し、ペットの散歩、ガーデニングとどちらかといえばなんでも屋。――そういった部類の仕事をしていた。いつからかグラビア関係の仕事が多くなった。確かそのことについて一度巴マミに聞いたことがある。お金が簡単で、しかも多く入る。そういう理由らしい。仕事を取ってくるのが巴マミのため、私たちは何も言わなかった。
 それは……、巴マミは営業職であると共にこの会社の社長でもあるから。何も言えなかったともいうのかもしれない。巴マミがこの会社を起ち上げたのは簡単な理由だった。
 ――佐倉杏子のため。
 それはまともな生活をしていない杏子の生活を正すのと、距離が開いてしまったマミと杏子の溝をうめるため。
 ……なのだと思う。
 はじめは拒否反応を返していた杏子だけど、さやかが手を掴み引っ張りこむことにより、徐々にさやかに導かれるようにして、仕事をこなしていった。それの恩恵なのか、一年足らずで人気の人物。そこに君臨していた。
 これがキュゥべぇによるものなのかなんなのかわからない。だけど、巴マミが会社を作ってから不思議と魔女はその数を減らし、しまいには出現しなくなった。インキュベーターのエントロピーの回収方法が変わったのだろうか? 仲の良い巴マミなら何か知っているかもしれない。でも、鹿目まどかが死ぬ世界はもうなくなってしまったから、私はそのことに関しては特に気にしていなかった。まどかとずっと一緒にいられるのなら理由なんてどうでもいいから。
「……?」
 不意に私の思考を遮るように電話の呼び鈴が鳴り始めた。定時とされている十七時まであと数分しかないのに――。少し苛立ちを覚えるが出ないわけにはいかなかった。
 ――ここには私しかいないのだから。一度深呼吸すると、
「はい、株式会社ティロ・フィナーレです。巴ですか……? 少々お待ちください」
 自分でも不思議に思える。なんていう営業声――。録音したら、笑ってしまうかもしれない。
 受話器を置き予定表を覗くと、在室という文字のクリップが貼ってあった。なら、社長室だろうと私は席を立った。

☓ ☓ ☓

「……はぁ」
 社長室は私たち“普通の従業員”の活動するフロアにはなかった。一つ上のフロアにある。そのため、こうして階段を登る必要があった。厳密にいえば、登る必要はこれっぽっちもない。どこにでもあるビルなどの建物にあるエレベーターがこのビルにも備え付けられているから。――乗れば、自分の好きなフロアへ自由に移動できる乗り物。
 だから、社長室に行くのにそのエレベーターを使えばいいのだろうけど、経費削減するために私は使わないと勝手に決めていた。必要ないものは削っていけば、その分節約になる。それに魔法少女は多少動いても疲れない。
 ――でも、エレベーターに電源が入っている限り、この行動に意味はないのだろうけど。
 突然の来客も当然あるから、電源を落とすわけにもいかない。来客って言っても、大体はスポンサーや記者ぐらい。あとはメール連絡か、電話連絡がほとんどで実際に会うことは少ない。ほとんどないってくらいかもしれない。
 社長室と書かれたプレートの扉を叩く。木製の特徴ある音が響いた。
「……いるんでしょ?」
 中に聞こえるかわからない小声が出た。どうせ、ここには誰もいない。声を出せば自然と聞こえるだろうという判断だ。まぁ、ノックをした時点で誰かが来たという事実は伝わっているはず。そうしたら、誰か来たのかを監視カメラを通して、社長室にあるモニターで確認すればいいだけだし。まぁ、寝ていたり何か“意識を取られる”ことをしていたりしない限りわからないはずがない。
 ――ここのフロアは社長室へ入るための扉しかないから。
 あとは壁という廊下。一面白に塗られた壁にたくさんの絵と杏子とさやかの肖像画なんかが飾ってある。普通の社長室とそれだけで違うと言い切れる。セキュリティが強い部屋ともいうのかもしれないがおそらく違うだろう。意味合い的には社長室とは名ばかりの一人暮らしの部屋。それが妥当なところ。ちなみにこのビルの一階には大きな巴マミとキュウべぇの肖像画が飾ってある。誰が見るんだろうとは思う。私ならまどかの肖像画を飾るのに。
 まぁ、偉い人は高いところに行きたがる。お山の大将というやつね。きっとそういうこともあるのだろうけど、
「いるわよ、入って大丈夫よ」
 電子音で扉のロックが外れるのを確認すると、部屋に足を踏み入れる。
 ――甘い砂糖の匂いがまず私を襲った。
「はぁ……」
 そして、紅茶のハーブの匂いが鼻を刺激する。
 ――見覚えがある部屋。そう錯覚する人が必ずいるはず。
 それは昔訪れたことのある巴マミの部屋に似た空間が、目の前に現れているから。何も知らない人が目隠されてこの場に連れてこられたら、あそこの部屋のことを思い出すのかもしれない。とはいっても、あのマンションの部屋はもうない。取り壊しというより、契約の期限? というので取り壊されてしまったからだ。だから、思い出すだけで違う場所と認識するはず。
「あら、暁美さん何かようかしら?」
 巴マミがカップを片手にこちらに微笑んでくる。
「あなたにようがあるとしたら、もう決まっているんじゃないの? この時間帯なら主に仕事の話よ」
 社長室にかけられている時計は十五時を少し過ぎていた。
「そうね、そうかもしれないわ。でも、この時間に電話してくるなんて面倒くさそうな話なのかしら?」
 苛立っているような、笑っているようなそんな声量で巴マミは答える。
「さぁ、そこまでは聞いていないわ。だから、電話に出てちょうだい」
 私の仕事は、巴マミに電話が来たことを伝えて出させること。それ以外のことは、優先事項が低い。
「そうね。でも、いちいちここまで暁美さん登ってくるの大変じゃない?」
 何を言っているのだろうと思う。こういう設計でこのビルを作り上げたのは巴マミだというのに。魔法通話が出来れば一番早い伝達方法だというのに、この空間は魔法通話が遮断されている。キュウべぇの力が何らか働いているからだと思う。電話にしたって、特殊な設計をしているのかこうして口頭で伝えなければ出ることすらできない。
「……なら、魔法通話ができるように結界を解いてくれない? それか普通に電話回線を引いてくれるだけでもスピードが変わるわ」
 いくら仕事をお願いしてくる相手だとしても待たせるのはビジネスとしていけない。
「ふふふ。それはだめよ。ねぇキュウべぇ」
 そう巴マミが言うと、机の上に座っている白い生命体に声をかけた。
「そうだね。万が一という言葉があるかもしれないからね」
 その問いに答えるよう白い生命体“キュウべぇ”がこちらを見る。
「万が一って……? 仕事以外に大事なことなの? 営業時間を過ぎたらそれでも構わないわ。でも、それ以外は仕事に集中するべきじゃない?」
 なんで社長である巴マミに、一般社員扱いの私が講義しているんだろう……。頭がいたい。
「そうね。いろいろあるのよ。暁美さんにもそのうちわかる日が来ると思うわ。当然というか必然的にね、そのときはわたしのいったことが正しかったということがわかると思うわ」
 わかりたくもないが適当に頷く。問題はそこじゃない。
「いいから、出てくれる。社長でしょ、それにご指名を受けている」
 きつい言葉とともにガンを飛ばす。
「仕方ないわね。キュウべぇ、お願いできるかしら?」
「お安いご用だよ」
 キュウべぇが飛び上がると、電話が置かれた丸いテーブルへと着地する。そうして、受話器を右手で叩くとそれが舞い、うまい具合に巴マミの頭上へと飛んだ。
「さすがね、キュウべぇ」
 そういって、巴マミが掴み取ると受話器を耳にかけた。
「はぁ……」
 普通に取れないのかなこの人は。――曲芸。きっと、街道でやったらお金を貰えるんじゃないのかと毎回思う。
「……?」
 いつのまにか巴マミの目の前にあるテーブルへと戻っていたキュウべぇがこちらを見ていた。
「何でもない」
「はい……はい……」
 社長室に巴マミの受け答えする声が響き渡る。時より聞こえるのはグラビアやら、写真撮影やら、動画撮影といったこと。話を聞く限りではまた同じような仕事が来たのかと……。なら、私の仕事も変わりないものねと窓から空を見た。  ――もう完全に真っ暗。
「はい、わかりました。では、後日担当のものを送りますので。はい、失礼致します」
 一度髪の毛に触れると、
「今度あるグラビア撮影の話だったわ」
 受話器をおいた巴マミがそういう。
「暁美さん代わりに行ってもらえるかしら?」
「――えっ?」
 説明を終えた巴マミが唐突に何かを言った気がする。とてもありえない言葉を。
「私が……行くの?」
 ありえないと思った。マイナスの私なんかよりよっぽど他の人を当てたほうがいいはずなのに。
「そう、暁美さんがよ」
 巴マミが笑いかける。私に行けと告げる。
「え、それは何かの冗談とかそういうものじゃなくて? 本当のことなの?」
「あら、そんなにわたしのことが信用出来ない? わたしはあなたに行って欲しいのよ。美樹さんでも佐倉さんでも鹿目さんでもなく、あなたに」
 巴マミが念を押すかのように一言一言大切に私へと伝えてくる。温かい気持ちをうっすらと感じる。私を信じて、私にチャンスをくれているんだと。
「わかったわ」
 そう返事を返すと、巴マミは詳しいスケジュールを説明しだした。

☓ ☓ ☓

 二日後、私は巴マミが指定した待ち合わせ場所に来ていた。この場所は何度も他のメンバーのマネージャー業務をするために何度も立ち寄ったことがある。生憎というわけではないが巴マミは他の業務があるから、今日は一緒じゃない。いつもだったら、こういう仕事の場合巴マミがマネージャー役として同行してくれているのだけど、他の仕事を疎かにするわけにもいかず文句は言えない。言える状況でもつらい状況でもない。
 だから、私が今日することはマネージャーの仕事とアイドル業務兼務だ。アイドル……なのかは杏子たちと比べると疑問が残るというよりか、疑問しかないけど。彼女たちぐらいの人気度となれば、それこそ対応が必要となるのでマネージャーは必須である。
 とはいっても、基本的に美樹さやかがそれに近いことを担当していると聞いている。だからグループで移動していても、基本的に私か、巴マミが同伴することは少なかった。
「はぁ……」
 そういえば、そのアイドル『杏さや』のスケジュールは今日珍しくオフらしいので二人きりで買い物に行くとのことだ。
 私もそのうちまどか行きたいなぁ。まどかに似合いそうな靴をこないだ巴マミにくっついて仕事先を歩き回っているときに見つけていたのだ。売り切れるってことはないと思う。だからこそ、特に急いでいなかった。けども出来るだけ早いほうがいいかもしれない。季節物である可能性があるし。
「……ふぅ」
 ――パッと見はどこかの工場にも見えなくもない白いコンクリートの建物。
 それが約束の撮影場所だった。話によれば、この建物の控え室で待っていればいいとのことだった。やることは撮影だから、衣装もおそらくそこで打ち合わせか既に用意してあるのだろう。
「……」
 マネージャー業務じゃなくても、三回くらい仕事として中に入ったことは当然ある。確か撮影の仕事だったはず……。愛想笑いが酷すぎて、今でも忘れたいし、やり直せるならその写真が載っている本を抹消したい。巴マミにお願いすれば、今からでも可能かもしれない。だけど、それは負けた気がして、気が進まない。誰に勝ちたいかさえもわからないけど。
 杏子やさやかに勝つにはもう何周も周回遅れ。巴マミにしても同じこと。まどかで……あれば、負けていた方がずっといい。だから、勝ち負けじゃないのかもしれない。
 それに今更回収したところで、本を見たことある人が私の顔を忘れていないのかもしれない。へんな顔だったし、なおさら記憶に残っていると思う。
 顔といえば、杏子とさやか、そして巴マミの三人はだいぶ一般人に知れ渡っている。私はこうして何も変装もせず堂々と歩いていられるのだけど、彼女たちは出来なくもないけど無理だった。
 劣等感が襲いかかるが、私が望んだ未来はそんなことじゃないから諦めという感情で塗り替えた。――まどかがいれば私はいいのだから。
「っ……!」
 空を見上げれば、眩しいほどに太陽が輝いていた。季節的には……、もうすぐ秋に差し掛かっているはずだけど、気温はまだ夏真っ最中。暑いって言ったほうがいいくらいに蒸し暑い状態だった。日本は温暖化が進んでいるということも関係しているのかもしれない。
 だからこそなのか、今回の仕事は水着撮影。それも男性向けの週刊誌に載るものを撮るらしい。らしいというのは私が週刊誌をほとんど見ないから確証を得られないためだった。週刊誌名も一応聞いているのだけど、記憶に残っていない。人気の週刊誌だということは聞いた。
 週刊誌といえば、さやかと杏子が漫画主体のものを読んでいるのをオフィスでよく見かけることがある。どこが面白いのかわからないけど、彼女たち曰くハマるらしい。一応お勧めされた本を手に取ってみたけど、面白さがわからなかった。私にとって――まどかの日記を読むほうが断然、有意義。
 ――まぁ、私が読んでいることなんてあの娘は知らないだろうけど。
 まどかの日記は小さいイラストが描かれていて、童話のような作りとなっていた。だからこそ、すごく読みやすく子供向けだった。本当だったら、そういう道に進んで絵を描いてもいいと私は思うのだけど、“日記を読んでいる”という事実が表に出るので結局言えずじまいだった。
 例え、私が何か言ってもあの娘は意見を変えないのはわかっていること。
 だからこそ少し残念に思えた。
「よしっ……!」
 いつまでも空を見つめているわけにも行かなく、私は建物の敷地内へ足を踏み入れた。外には誰もいないようだった。控え室か撮影所にいるのかもしれない。まぁ……、こんな気温の中外にいようとするのはおかしいのかもしれない。
「おはようございます」
 撮影場所の入口の扉を開けると私はそう口にした。いつどこに関係者がいるかわからないから、いずれの扉に入っても挨拶をすることを心がけていた。誰もいない空間を虚しさが襲うこともあるが、失敗するよりは断然マシ。会社の悪評を入れられても困る。
 警備員が変な顔をしてこちらを見たので、巴マミから預かっているネームプレートを見せた。安心したのか、警備員はどうぞという様子で軽く流していた。
「……誰もいないか」
 警備の人は軽く解釈してくれたけど、それ以外に帰ってくる声はなく。
 ――虚しさを感じる前に私は動き出した。確か控え室はあっちだなと。

☓ ☓ ☓

 控え室に入ると置き手紙もとい、『この服を着てください』と書かれたメモ書きが机の上に置いてあった。部屋の中を調べ荷物等あるかないかを確認してみるが、どうやら私以外撮影に来ている人はいないようだった。
 一息つくと手紙の下にある衣装を手に取ろうとして、
「えっ……? なにこれ――」
 思わず声が出る。それが第一印象だった。用意された衣装……として、不可解な水着がそこには畳んでおいてあった。色は良い。色はいいのだけど、
「――間違いってことはないわよね……?」
 水着を広げ、表裏と順番にひっくり返し水着を確認する。何度見ても感想は変わらない。どう考えても私に不向きな衣装――それがここにあった。
 衣装は、紫色がメインで作られたビキニタイプの水着。ただし明らかに肌色が多く出そうなくらい、至るところの生地が薄く、水着の面積が狭いもの。
 これって実際に身に着けて激しく泳いだりしたら、脱げたりしないのか? 薄いし、紐タイプ……。紐タイプは試着したことがあるにあるけど、好んで着たいとあまり思わない。どうせ着るならもう少し水着の面積が多いものがいい。肌はなるべく露出したくない。
 ――男性向けのものだからなのか……?
 男性は刺激的ないわゆるアダルト的な写真を好むということだけど……、実際そういうのはもっとプロモーションが良い人がやるべきなんじゃないかって……。自分でも再確認するまでもなくわかること。でも、ここにこうして置いてある以上、これを着ろということなのだろう。
「……」
 迷っても控え室には他も誰もいないし、着替えるしか答えはない。なら、やることは決まっている。
「――はぁ」
 ため息をはきつつも試着室へと私は踏み入れた。服を脱ぎ、綺麗に折りたたむと水着を手に取る。何度見ても目の前の現実は変わらない。
「……」
 覚悟を決めるしかない。これが私の仕事なのだから。
 水着を着用すると鏡の前にたった。
「……っ!」
 ――恥ずかしさでいっぱいになった……。
 これで本当に撮影するのだろうか……? 今からでも変えることは……たぶん出来ないんだろうな……。肌色九割、紫色一割の私が鏡の前にいる。背中を見てみると、ほぼ裸に近かった。きっとビキニパンツを脱げば全裸に見えてしまうかもしれない。それぐらい背中は露出していた。
「はぁ……」
 頭が痛くなりそうだった。カバンの中からジャケットを取り出し、羽織ると控え室の外へ出た。

☓ ☓ ☓

 誰にも遭遇せずに撮影場所へと来ることとなった。他の会社の撮影が入っていないのか、それとも休憩時間に入っているのかわからない。少なくとも撮影を受ける被写体は私以外ここにいないのは確か。もしかすると私のあとに撮影があるのかもしれない。
「おはようございます」
 撮影室と書かれた扉を開くと、薄暗い室内が見えた。
「なんで真っ暗……?」
 撮影のために窓がないライトの光だけの場所。それは知っているのだけど、ここまで暗いのは見たことがなかった。そんな疑問を持った私に、
「おはようございます」
 と誰かが答えた。ほぼ何も見えない室内から声がした。若い男の声のようだった。つまりは場所の間違いはないはず……。
「なんで暗いんでしょうか? ここで合っていますか?」
「株式会社ティロ・フィナーレの暁美さんでしょ? まぁ、こちらに来てください。理由はすぐにわかります」
 妙に馴れ馴れしいなと思いつつ、私は一歩踏み入れる。何にしても撮影をこなして、実績をあげなければならい。そうすれば、少しでも罪悪感がなくなるはず。だから、
「は、はぁ……」
 前に進む。なんで部屋が暗いのかわからないけど、撮影するにはどっちにしても中に入る以外に答えはない。
「……?」
 一歩踏み入れると、内部が異様に寒いことに気がついた。水着撮影だというのにこの寒さ……。被写体のことを考えていないのだろうか? それとも何か機械の故障でこうなっているのだろうか。
何にしても水着の上に一枚羽織っていてこの寒さなら、水着一枚になったらもっと寒いのだろうと考えていると、
「こっちこっち」
 影が動いているのが見える。その場所へ近づくとこの部屋の唯一の明かりなのか、小さなスタンドライトが照らしていた。
 ――シングルベッドを。
「おはようございます。株式会社ティロ・フィナーレ所属の暁美ほむらです。本日はこちらでの撮影と伺ってきたのですが間違いありませんか?」
 男の姿はライトの位置のせいなのか、うまく姿を捕らえることができなかった。ちょっと太めに見える……ぐらい。
「そ、そうだよ、よく着たね。似合ってるよその服。いいねいいね!」
 男は鼻息をあげながらそういった。少し気持ち悪い。
「今日は水着撮影なのですか? それにしてはとても寒い気がしますけど……?」
 何か理由があるかもしれないと聞いてみれば、
「それはね、しているときに身体がさぁ火照るから先に冷やしておいてるだけだよ。頭いいよな?」
「はぁ……? そうですか」
 何を言っているのかわからないけど、必要なことならしかたない。
シングルベッドか……、何も水着と関係がないように思える。どこかのベッド会社とコラボレーションをしているとかなのだろうか。そこまでは巴マミには聞いていないからわからない。てっきり加工しやすいように構成された撮影場所だと思っていた。対してここにあるのは、ベッドという物体。目の前にいるだろうカメラマンは何か知っているのだろうけど、聞かなくても大丈夫だろうと、
「ベッドの上に乗ったほうがいいのですか?」
 問いかける。相変わらず、鼻息が耳に入る。撮影が終わる頃には耳の中に残ってしまうかもしれない。――あとでまどかの声をたっぷり聞こう。
「あぁ、最終的にはね――」
「うっへぇ!?」
 男の声が聞こえ終えようとしたときライトの光が突如として私の視界を奪った。それにより目が眩み、一瞬にして何も見えなくなる。
 そして何かの服が擦れる音が聞こえると、
「なっ――」
 男は一瞬のうちに、私の水着のブラを下へとずり下ろしていた。顕になった私の胸部分から一瞬にして寒気を感じはじめる。恥ずかしさで肌が火照るのを感じながら、
「な、何をするんですか!」
 急いで露出した胸を隠し、睨みつける。それに気圧された様子もなく男はいやらしい笑い声をあげていた。男の鼻息がさらに荒くなるのがわかる。呼吸もどこか早くなり、乱れていた。
「っ」
 一歩ずつ、確実に距離を取ろうと足を引きずる。それに気がついたのか男が少しずつ、ライトの前へと動き始めていた。
「お前人気ないんだってな?」
「べつにそんなこと関係ないわ!」
 今の状況と何が関係あるのだろうかはわからない。男の影が伸びてきていることに気づき、
「やめてっ!」
 それが到達する前に、手で胸元を隠しながら私は出口へと走り出していた。このままここにいてはいけないという危機感が私を支配した影響だった。
「おい、待てや!」
 男の怒鳴る声を背に感じながら――。

☓ ☓ ☓

「はぁ……はぁ……」
 控え室に鍵を閉め、用意されていた衣装を投げ捨てると急いで着てきていた服に着直した。どうやって、着たのかさえ定かではないけど、もう服を着ていた。――こんなところなんて、一秒も早く出たい。
 鏡を見ている余裕もないと感じて、髪の乱れや服装の乱れを確認するまでもなく入り口までくると、
「お疲れ様でした!」
 何もしていないはずなのに自然と挨拶が溢れた。あぁ……、こんなことしている場合じゃないのに。
「っ……!」
 呼び止める声が聞こえ始めたが私は構わず外へ出て駆け出す。警備員が不思議に思ったかもしれないけど構わなかった。身の危険を回避するのが第一のはずだから。
 それに普通の人間が魔法少女の脚力に追いつけるはずがないのだから――。

☓ ☓ ☓

「はぁ……」
 私は河原に座って空を見上げていた。――夕暮れ時。
最近この赤と青の交わる空ばかり見つめているような気がする……。
 あの後、会社に戻らず私はずっとこうやって河原の隅っこで河の流れを見ていた。河の水はどこから来て、どこへいくのだろうと――。いや、実際にそんなことを考えていたわけじゃない。
 ただ――巴マミに合わす顔がない。それが私をこの場へと重い鎖へと変え、縛り付けていた。
 ――会社に戻れない。
 一体どんな顔をして戻ればいいのだろうか。なんて言い訳をすればいいのだろうか。
 けれでも、私は悪くない。絶対に悪くない。
 襲われかけたのだから、警察に通報すればあの男は間違いなく逮捕されるだろう。でも、あれからだいぶ時間が経ってしまった。そのせいで逆に仕事を離脱した私へ先に威圧するように、会社へ攻撃を男が始めているかもしれない。そうなれば、仮にあの男が警察に逮捕されても取り返しのつかないことになるかもしれない。
 もしそうなってしまうのなら、みんなに申し訳なく思う。その問題を解決しないといけない。その義務と責任が私にはある。でも、そうなってしまえばどうやって解決すればいいのだろう……か。
「……」
 だから、余計に何をどうしたらいいのかわからなかった。
子供の遊ぶ声が耳に入る。子供は何も考えなく遊んでいられていいなと思う。私はもう考えて行動しないといけない年齢。だから、どうするかを決めなきゃいけない。今日中には絶対巴マミに報告をあげないといけない。
 挽回のチャンスのはずだったこの仕事は、結局傷を深くし汚名を増やすだけだった。それでも私は……、
「よし……」
 もう会社に行こう。そう決め私は立ち上がると、一歩前へと歩き出した。動き出すまでだいぶ時間を無駄にしてしまったのだから。
 ――でも、歩き始めた一歩は会社の道とは逆方向だった。頭で意識しても身体が会社へと帰ることを拒否していた。涙が出そうになる。
 だから、空をまた見上げた。これなら涙が出ても落ちてこないから。
 私は悪くない、悪くないのに……。どうしてこんなにも悩まなきゃいけないのだろう――。考えれば考えるほど、ドツボ にはまる。そんな気配だった……。
「っ……」
 空は青くなっていた。――もう夜。
「ほむらちゃん……?」
 聞き慣れた優しい声が聞こえ後ろを振り返れば、そこにまどかの姿があった。手にはペットをリードする綱が握られていた。三匹の犬がその先にいる。白い犬、黒い犬、茶色の犬だった。犬の種類はわからないけど、どれも小型犬のよう。
つらい時に会いたくもあり、会いたくもない人に遭遇してしまった。私は出かけた涙を引っ込めるように一度深呼吸をして、精一杯の笑顔を作った。まだ、私は笑える。笑えるのだと暗示する。
「き、奇遇ね。まどか。仕事……?」
 まどかは依頼主の要望なのかフリルがたくさん付いたメイド服を着ていた。
「うん、そうだよ。お散歩なんだ。これが終われば今日の仕事は終了だよ」
 笑顔で言葉を返してくれる。
「……」
「あれ、ほむらちゃんどうしたの?」
「か、かわいい……」
 つらいことがあったなんて、忘れてしまうほどまどかのメイド服はよく似合っていた。カメラがあれば撮りたいのに、この場にはないことが残念で仕方ない。
「? ジロジロ見られると照れるなぁ」
 私の熱烈な視線に気がついたまどかがそっぽを向く。
「ご、ごめん」
 よかった。気がついていないみたいだった。まどかには心配させたくない。
「え、えっとね……。別にほむらちゃんなら大丈――」
「わん!」
 白い犬が一度吠えると私の足へと飛びついた。
「あっ、こら!」
 まどかがリードを引くが離れようとしない。
「大丈夫だわ、まどか」
 私はしゃがみこむと犬の頭を撫でた。
「く~ん」
 撫でられたのが嬉しいのか声を犬があげる。そしてそのことに対してのお礼なのか顔を舐められた。
「あはは、可愛いね。この犬」
 その場所は一瞬流れたと感じた涙の軌跡の位置だった。慰めてくれているのだろうか……? 犬は感情に敏感だとかという話を聞いたことがある。
「……ありがとう」
 まどかに聞こえない声でそうつぶやくと、
「ねぇ、ほむらちゃん。泣いていたでしょ? どうかしたの」
 と
「え、何を言っているのまどか……? 泣いてなんていないわ」
「ううん、いいよ。ほむらちゃん、ここには私とほむらちゃんしかいないんだよ。大丈夫だよ」
「えっ……!」
 まどかが笑みをこぼすと私は抱かれていた。
「う……」
 まどかの匂いと温もりが私を包み込み、
「うぅ……」
 涙が止めようとしても溢れでてくる。
 それから時間が経って、落ち着きを取り戻した私は何が起きたかをまどかに話し始めた。
「あのね……!」
 
☓ ☓ ☓

 社長室の前に立った私は緊張していた。普段入るのに焦りを感じたりしないのに。
「どうぞ」
 巴マミの声が聞こえ、扉を開く。
「……」
 社長室へ入ると巴マミは紅茶を飲んでいた。キュゥべぇの前にもしっかりと紅茶の入ったカップが置いてある。飲んでいるところをみたことがないけど、飲むことはあるのだろうか。
「あら、暁美」
 まどかに言われたことは一つだった。巴マミに会うこと。それだけだった。
不安な顔色を見せた私の手を握り、マミさんなら大丈夫だよと微笑んでくれた。だからこうして、巴マミの前へとやっと来ることができた。
 涙の後を拭き取ってくれると大丈夫。私はついて行けないけど頑張ってね。と見送ってもらうことになった。
「話は聞いているわ、仕事場から逃げ出したとか何とかって連絡がきたの」
連絡……? やっぱりきていたのかという考えから、
「そうよね」
 と曖昧に返事を返してしまう。でもこの部屋には連絡取れる手段がない。どうしてなのだろうか。携帯電話に直接かかってきたのか?
「ごめんなさい」
 疑問が渦巻く中、私は自然に口にしていた。――あんなにも悩んでいたはずなのに、言葉に出してみれば一瞬だった。
「そう……」
 紅茶を飲み、しばらく間をとると、
「あそこの団体には黒い噂があったわ。アイドルを食い物にしているってね」
 紅茶のカップをおろし、こちらに笑いかける。そこから苛立ちや興奮といった激怒に似た感情を認識できなかった。少なくとも怒っている様子ではない。
「大丈夫?大丈夫だったのよね?」
「はい、なんともなかった」
「明日にはあの団体さんにはいなくなってもらうわ。それに暁美さんを襲おうとした男にも出頭してもらうわ」
 物騒なことをいうものだなと――。それだけのことがやはり巴マミには可能なのか。キュウべぇの力なのかはわからない。けどどうにかしてもらえるなら心強い。他の何よりも頼りになった。
「……私達の会社に悪い噂なんかは流れていないの?」
 いくら会社をなくしたとしても、信用が落ちてしまったらどうしようもない。私以外の人気も落ちてしまうことになる。
「大丈夫、仮に流れても私が揉み消すから、安心して」
 ねぇキュゥべえと巴マミが言う。そうだねとキュウべぇがそれに返す。
「暁美さんがそこまで考える必要なんてないの、だからね今まで通り頑張ってくれればいいのよ?」
「あり、がとう」
 そして私は社長室を後にした。――巴マミの言うとおり、次の日には団体は検挙され、男は逮捕された。
 
× × ×

 惜しいことをしたもんだね。エントロピーが大量に獲得する計画が台無しだよ。
 仕方ないことよ。別の方法を考えましょう。
 そうだね。でも貧乳もののアダルト作品はエントロピー量が凄かったんだよ。それこそ幼い娘ほどね。
 しようがないわ。それに今のところエントロピーは十分なんでしょ?
 そうだね。昔の方法に比べたら持続的かつ効率よく獲得しているよ。
 なら大丈夫じゃないかしら。
 そうだね。残念であるけど。
 次の仕事を探しましょ。
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